薫る

高校二年




 ディーノさんは、日本に来る度に、会いに来てくれる。メールや電話も頻繁にくれる。
 それでも、イタリアと日本の距離は遠くて、時折、寂しくなってしまう。メールの文章や、電話の声だけじゃ物足りなくて、近くにディーノさんが居て欲しいと思ってしまうのだ。
 彼は優しいから、会いたいと言えば、会いに来てくれるかもしれない。でも、それは、仕事で忙しいディーノさんに無理をさせることになるし、私の我侭でしかない。
 だから、できるだけ、我慢する。

「もう、時間か……」

 ディーノさんは、そう言って、腕時計を見た。筋肉のついた腕とか、大きな手とか見ると、男の人だなって感じる。それも、山本や獄寺のように、成長途中の男の子じゃなくて、完成された、大人の男の人。

「……時間、経つのは、早いですね」

 イタリアでの仕事があるから、夕方までしかいられないと、最初に聞いていた。それでも、十分だと最初は思ってた。
 なのに、実際時間がくると、物足りなくて、もっと一緒にいたいと思ってしまう。

……」
「あ、すみません。お仕事だからって聞いてたのに」

 寂しいという気持ちが、顔に出ていたのか、ディーノさんは困ったような表情をしていた。

「本当は、俺もずっと一緒にいたいけど、こればっかりはな」
「気にしないで下さい。お仕事、頑張ってくださいね」

 私が、そう言うと、ディーノさんに抱きしめられた。抱きしめられると、ふわっと彼の香水が薫る。
 香水の香りがする度に、ディーノさんが私よりも、大人なのだと実感する。

「電話も、メールもいっぱいするから」
「はい」

 ディーノさんの声が、とても切なくて、胸が一杯で、一言返すだけで精一杯だった。大人の女の人なら、ここで、気の利いたことが言えるのにと、子供な自分を少し恨めしく思う。
 腕の力を緩めて、離れたディーノさんの顔をじっとみる。
 すると、ディーノさんは首を傾げる。

「どうか、したのか?」
「えっ! えっと……あの……」

 私は、言おうか、どうしようか、とドギマギしながら、視線をあちこちに飛ばす。
 そして、勇気を出して、でも、こんなことを言って嫌われないかなとか思いながら、ディーノさんを見上げながら、恐る恐る切り出した。

「……香水……付けて、ますよね」
「ああ。…………ひょっとして、嫌いな匂いだったかっ!」

 今まで、香水の話題なんて出したことなかったからか、ディーノさんは、私が、香水の香りが気に入らないのだと、勘違いしたらしかった。

「違いますっ。そうじゃなくて」

 私は、慌てて、それを否定する。
 ディーノさんの香水の香りは好きだ。

「なら、なんだ?」
「その……香水の、名前を教えて欲しいなと……」

 予想もしていなかっただろう私の答えに、ディーノさんはキョトンとしている。

「だめ……ですか?」
「だめじゃねえけど……」

 そりゃ、不思議に思うだろう。きっと、ディーノさんがつけているのは、メンズの香水だ。それを女の私が聞くなんて不思議に決まっている。

「ディーノさんの、つけてる香水の香りがあれば、ちょっとは、寂しさが、まぎれるかな……って……」

 私の言葉に、ディーノさんは驚いている。

「ああ、でも、イヤなら、本当に構いませんからっ!」

 提案して、取り下げようとするなんて、あの子みたいだとか、頭の隅で思う。

っ」

 そしたら、また抱きしめられた。それも、さっきよりも強く。

「あんまり、可愛いこと言わないでくれ、マジで連れて帰りたくなっちまう」

 耳元に、ディーノさんの声が聞こえて、きゅぅと胸が締め付けられる。
 ディーノさんは、胸元から、アトマイザー  携帯用のスプレー――を出して、手渡してくれた。

「え? これ、ないと、ディーノさん困るんじゃ……」
「瓶自体はあるから、はこれを持ってろよ。この中身が無くなるまでには、また会いにくるから」
「ディーノさん……」

 ディーノさんは、私の頬に唇を落とし、微笑んだ。

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