打ち寄せる波に引き寄せられる想い
高校三年
肌に触れる空気が夏色から秋色へと移行したこの季節。
太陽はもうすぐその姿を水平線に隠そうとしていた。
「ディーノさん!夕日が凄く綺麗!」
「、あんまり走ると危ねーぞ」
「大丈夫ですよ」
並盛海岸に一組の男女がやってきた。
軽い足取りで砂浜を走るを、恋人であるディーノが追いかける。
「待てって、」
「待ちません」
追いかけるディーノから逃げるように、
楽しそうな声で答えながらは砂浜を走る。
その風を受けて、制服のスカートの裾がヒラヒラと舞う。
その姿がまるで踊っているように見えてディーノの鼓動が僅かに速くなる。
可愛くてしょうがない。
夕日が水面に反射して、その光がを照らしているように見える。
ディーノはを見ながら暖かい笑顔を浮かべた。
互いの居場所は違う。
イタリアと日本。
その差はとても大きくて、付き合いだすと尚のこと、
この距離を歯痒く思うこともある。
だからこそ、来日した時はできる限りに逢いたい。
そして、できる限り、長く一緒にいたい。
「には弱いな…。いや、のせいじゃねーか」
先ほどまで走っていたは速度を落とし、
海を見ながらゆったりとした速度で歩いている。
それを見て、ディーノは苦笑する。
前を行くは今、受験生だ。
日々自分の目標に向かって勉強をしていると聞いた。
夏から先が受験生にとって大事な時期というのは分かっている。
それでも、と一緒にいたい。
も、そうだと良いのだけれど…。
「ディーノさん?」
「ん?」
不意に名前を呼ばれてディーノは我に返った。
こういう時に動揺を見せないのは、
自分の職業柄だろうかとふと思う。
前を歩いていたがディーノを見ている。
体をこちらに向けて。
「考え事ですか?」
「ちょっとな。
それより、危ないぞ」
「…知らないです」
は、ふいっと顔を逸らした。
その仕種がなんだか拗ねている様に見えてディーノは笑みを零す。
「は可愛いな」
「そんなこと…わっ」
後ろ向きに歩いていたの体勢が崩れる。
「危ねぇっ!」
ディーノは右手を伸ばし、の左手を取るとそのまま引き寄せ、
空いている左手で、の腰に手を回し、抱き締めた。
「大丈夫か?」
「…はい…」
ディーノの腕の中では小さく返事をした。
その声は何処か恥ずかしそうだ。
「危ないって言っただろ?」
「…ごめんなさい」
「が怪我したら困る」
ディーノは左手を握っていた右手を解くと、
の前髪を軽く払い目許に口付けを落とした。
「…ディーノさんが考え事してたから…」
「拗ねたのか?」
「…」
返ってこない返事に、ディーノはクスクスと苦笑いをする。
「のことを考えてた」
「え?」
思わぬ言葉には瞬きをした。
「受験で忙しいっていうの分かってるんだけどな、
どうしても一緒にいたいって気持ちが先にいっちまう」
そう言ってディーノは海へと顔を向ける。
つられるようにも海を見た。
そこには海へと溶けだし辺りを
オレンジ色に染め上げていく太陽があった。
「今日もホントは夕日が沈むよりも前にを送ろうと思ってたんだ。
こう見えてもちゃんと受験のこと気にしてるんだぜ?」
視線を海から外すことなくディーノは続ける。
「けど、が可愛くて決意が鈍っちまった。
一緒にいたくてしょうがない…」
感情を口にするディーノをは黙って見た。
苦笑している彼から目が離せない。
彼の言葉はいつも真っ直ぐだ。
想っていることを言葉に乗せる。
それらは自分の胸にすんなりと入ってきて、
心臓へと直に響く。
それはとても嬉しくて、それはとてもこそばゆい。
それでも、それだからこそ、自分の想っている感情を、
自分も彼に伝えなくてはと、伝えたいと思うのだ。
「…私もです…」
ディーノに頭を傾けてが呟く。
小さい声ながらも其処に込めた想いはきっと、
彼のそれと同じ。
「勉強しなきゃいけないのはちゃんと分かってるんです…。
けど、ディーノさんと一緒にいたい気持ちの方がずっと強い…」
超がつくほどの遠距離恋愛。
けど、その距離がをそうさせているのではなくて、
普段、一緒にいられないからそう思うのでもなくて、
根っこの部分にある、ただただ好きの想いがあるからこそのもの。
好きな人と一緒にいたくないわけがない。
「…なぁ、」
「はい?」
夕日が沈み、夜が姿を現したのを見届けて、
ディーノは小さく恋人の名を呼んだ。
「今日は、完全に息抜きのつもりで、
もう少しの時間、俺にくれないか?」
「…」
彼の提案に、は驚いた顔をした。
普段見せない、ディーノの姿だ。
「あ。いや、が勉強したいって言うならいいんだっ。
無理は、言わない」
の表情にディーノは慌てて手を振った。
そんな彼の顔が僅かに赤い。
先ほどまでの会話から、即答が返ってくると思っていたが、
そうではなかったので恥ずかしくなったのだ。
「…ダメか?」
「…」
は自分の腰にある、ディーノの左手にそっと触れた。
「…晩ご飯、何食べましょうか?」
ディーノの質問に答える代わりにはやや上目遣いでそう尋ねた。
「…お望みのものを」
の質問にディーノは向日葵のような笑みを零してそう答えた。
FINE 戻る