ときどきにどきどき

高校三年




「しまった!」
「あーあ…」

キャバッローネのアジト。
その一室に響く声が2つ。

「迂闊だった…」
「ボス、諦めたらどうですか?」
「けどなぁ…」

自分の右腕の説得の声にディーノは歯切れの悪い返事をした。

「じゃぁ、向こうを諦めますか?」
「それはない」

ロマーリオの更なる提案にディーノは間髪いれずに返事をした。
二者選一を迫って一方を捨てるつもりがないなら、
この問答に意味はないと思うのだが…。
そう思いながらロマーリオは軽く息を吐いた。

「ならしょうがないじゃないですか」
「…」

呆れるように言ったロマーリオをディーノはじっと見る。

「なんですか?」

自分のボスがやや不安そうな表情で自分を見ている。
何となく、彼が言いたいことは分かるがロマーリオは一応尋ねた。
そして、少しの沈黙の後、ようやくディーノは口を開いた。

「…嫌われたりしないか…?」
「ボス、起きてますか?」

寝言は寝て言ってくれ。という副音声を込めて、
ロマーリオは呆れたように尋ね返した。



「お待たせしました!
 ディーノさ…わっ!」

ペコリと頭を下げたは、顔を上げた途端、驚いた声を発した。

「よぉ」

彼女のリアクションに苦笑しながらもディーノは軽く挨拶をする。
いつもなら此処で、抱擁のひとつは確実にあるが、今日はそれがない。
自分の姿を見て、が驚いたことも原因のひとつだ。

「この姿はー…初めてか?」
「は、はいっ!」

気恥ずかしそうに言うディーノには驚きの表情のまま強く頷いた。

「ディーノさんが眼鏡をかけているのは初めて見ました」

普段はコンタクトをしているディーノが、今日は眼鏡を掛けている。
普段とは違うその姿にの心臓はドキドキと鼓動を速くした。

「…へ、変か?」

あまりにじっと見られてディーノは困惑したように尋ねた。

「そんなことないです!」

はっとしたようには彼の言葉を否定する。

「すごく似合ってます!」

は力強く頷きながら主張した。

「そっか。それなら、良かった」

聞きたかった言葉を聞いてディーノはようやくホッとした笑みを浮かべる。
来日前に心配していた『嫌われないだろうか』というのは杞憂だったようだ。

「それじゃぁ、行こうか?」
「はいっ」

笑顔でディーノは手を差し出した。



「ふふっ」

商店街を歩いている時に、は随分ご機嫌な声を出した。

「どうした?」
「いえ。何だか、新鮮な感じがして。
 ちょっと、ワクワクしています」

楽しそうなの言葉に、ディーノは嬉しくなって笑顔を見せた。

「今日は、どうして眼鏡なんですか?」

素朴な疑問をは口にした。
最初に出てきそうな疑問ではあったが、眼鏡のディーノが
カッコ良くて、頭から消えていたのだ。

「大したことじゃないんだ」

ディーノは僅かに視線を逸らした。

「?」

その行動には首を傾げる。

「その…ちょっと忙しくて、眼科にい行けなくてな。
 コンタクト買い忘れてたんだ」
「…え」

あまりにもシンプルで、あまりにも在り来たりな理由に
の口から気の抜けた声が零れた。

「意外か?」
「えっ!いや、そういうわけではっ」

ディーノにツッコミを入れられは慌てる。

「専属医でもいそうか?」
「う…ちょっと…」

ディーノがマフィアのボスだというのは付き合い始める時に知らされた。
それでも、イメージは漠然としか掴みきれていないのが正直なところだ。
ただ、相当規模が大きいというのは知っているので、
それならば専属の役職の人がいてもおかしくはない。

「はははっ。
 けど、にこの姿見せるのは初めてだからな、ちょっと心配してた。
 それなのにロマーリオには呆れられるし、寝言は寝て言えってよ」

苦笑しながらディーノは話す。

「普段のディーノさんも今のディーノさんもカッコイイです!」

その言葉にディーノは一段と輝いた笑顔でを見つめる。
視線を受けては自分の発言を思い出し、顔を赤くした。

「嬉しいこと言ってくれるな」

そう言ってディーノはを抱き寄せる。

のそんな表情見れるなら時々、眼鏡もありだな」

クスリと笑うとブリッジに指をかけ、眼鏡を直す仕種を見せた。
その姿がまた様になっていて、の心臓はドキリと1つ大きく鳴った。


「…もうこんな時間か…」

ディーノの言葉には携帯で時刻を確認した。
そろそろ家に帰らなくてはいけない。
二人を乗せた車はの家からやや距離を取った所に停車した。

「今日は、楽しかった」
「私もです」

ディーノの笑顔に応えるようにも笑う。
逢えない日はあんなにも一日が長いのに、
逢うとこんなにも一日が短い。
それでも、笑顔以外で二人の時間を終えたくはない。
これから暫くはまた、逢えなくなるのだ。
寂しいという想いも残念という想いも同じのはずだから。

…」
「…はい…」

名前を呼んで、ディーノはの頬に手を添える。
そしてゆっくりと自分の顔を近づけた。
も静かに瞼を閉じる。
コツン
互いの距離がなくなろうとした時、小さな刺激が互いに落ちた。

「ん?」
「あ…」

二人は目を開けて確認する。

「…これか…」
「…これですね…」

互いに落ちた刺激の正体を二人は見る。
それはディーノが掛けている眼鏡だ。

「「はははっ」」

クスクスと笑いが零れる。

「初めてだからな」
「そうでした」

眼鏡をかけた姿を見るのが初めてならば、眼鏡をかけた彼とキスをするのも初めてだ。
掴めなかった距離感がなんだか可笑しくて二人は少しの間、笑った。

「じゃぁ、仕切り直しだ」

ディーノは片手で眼鏡をのけると、の目を見つめる。
その仕種と目線にの心臓はまたドキドキと鼓動を速める。

…」
「ディーノさん…」

ディーノが作った雰囲気に一瞬で引き込まれ、はゆっくりと目を閉じた。


FINE 戻る