イタリア語講座
高校2年
日本の高校、それも公立のとなると、そこで教えられる外国語は英語。私立ならともかく、英語以外を教えている高校はそうありはしないだろう。
そして、並盛高校も例外なく、教えている外国語は英語だ。
「獄寺……お願いがあるんだけど……」
が席に座っている獄寺に声をかけると、彼はそのまま睨むように見上げた。大概の者はこれで恐がって去っていくのだが、中学からの付き合いであるにとっては、何のこともない。
不機嫌そうな獄寺を無視し、は続ける。
「イタリア語、話せるよね?」
獄寺は、だからどうしたという様子だが、は気にしない。
「それでさー。教えてくれないかなーって、思って。イタリア語」
「んなの、跳ね馬にでも教わりゃいいだろーが」
の想い人がイタリア人であることは、獄寺だけでなく、仲の良いメンバーは皆知っている。そして、彼なら、の頼みを断るはずはないこともだ。彼は、にベタ惚れだから。
「それじゃ、ダメなんだって。ね? お願い!」
「何で、俺が教えなきゃなんねーんだよっ!」
始めから、すんなりと了承の答えが返ってくる、とはも思っていなかった。
「獄寺君、落ち着いてって。卯月、獄寺君の言う通り、ディーノさんなら教えてくれると思うけど」
今にもダイナマイトを出しそうな獄寺を宥め、ツナはに尋ねる。
「確かにそうなんだけどね。イタリア語で会話できるようになりたいって思うんだけど、ディーノさんに頼んだら、無理しそうでさ」
「ああー……」
の答えにツナも納得する。ディーノは頻繁に日本に来ているが、それは忙しい合間を縫ってのことだ。マフィアのボスとなれば、仕事量も半端じゃないだろう。そうでなくても、日本とイタリアは遠い。来るだけでも時間がかかる。
が頼めば、なんとしてでも、時間を作ってくれるだろう。でも、それではディーノに負担を掛けることになるのだ。
「なら、自分でやりゃ、いいだろーが」
今度は、怒鳴りはしなかったものの、獄寺は教えてくれる様子はない。
「発音とかは、話せる人に聞いた方がいいかと思ったんだけど……。しょうがない、変なこと頼んでごめん」
これ以上は無理かと、は判断して、席に戻っていった。
そんなを眺めながら、ツナは獄寺に話かける。
「教えてあげればよかったのに」
「ですが、十代目……」
「語学って、独学じゃ限界があると思うんだけどな。変なことにならなきゃいいけど……」
そういうと、ツナはの席を見た。
ツナの超直感、とまでは行かなくても、これまでの経験上、おかしな事態になりそうだと思ったのだ。そうなれば、きっとツナが事を収めなければならなくなるかもしれない。そう思って、獄寺には分からないように、ツナはため息を吐いた。
本人は京子達のところにいて、席にはいないが、机の上には、いろいろなイタリア語の参考書があるのが見える。
昼休み。獄寺は、の席を見た。が、そこに彼女は居なかった。周りを見てみても、いつもが話している友人達の所にはいない。
静と仲のいいクラスメイトに聞くと、彼女は保健室に行ったという。
予想もしなかった所を言われ、獄寺は舌打をした。よりにもよって、あのシャマルの所だなんて、何を考えているのだろうかと思う。いや、シャマルもイタリア語ができる。行った理由は予想はついた。
「世話のかかる……」
呆れたように呟くと、獄寺は仕方なく、保健室に向かった。
保健室のドアを開けると、そこには、とシャマルがいた。
「あれ? 獄寺?」
「お、隼人じゃねーか」
獄寺は、とシャマルの間に割って入り、に本を突き出した。
「何? 『英語で覚えるイタリア語』?」
「英語は得意だろ。それから始めろ」
「そんなもんなくたって、俺が手取り足取り教えてやるってのに」
「うるせーよ。女っタラシ」
シャマルの言葉に、悪態を吐く。
こんなでも、シャマルは腕のいい殺し屋で、ディーノはマフィアのボスだ。シャマルがに手を出したなんて話になれば、ディーノだって黙ってはいないだろう。最悪戦闘なんて事態にもなりかねない。そうなると、どちらの知り合いでもあるツナが、結局は苦労するはめになる。
それに、何だかんだで、との付き合いも長いから、彼女がしょうもないことで、シャマルの毒牙にかかるのはいただけない。
「獄寺! 教えてくれるの!」
「暇な時はな」
「マジ! 助かる!」
はウキウキと席を立つ。
「ってことで、先生お邪魔しました。獄寺に教えてもらうんで」
は礼を言うと、保健室から出て行く。もちろん、獄寺もだが、彼は笑っているシャマルを一睨みしてからだ。
「おい。っ!」
「何?」
呼ばれては、後ろを振り向く。
「跳ね馬がいるのに、シャマルの野郎のとこなんか行くなよ。あいつの女癖の悪さは知ってるだろーが」
「だって、知り合いのイタリア人って、とっさに先生しか思いつかなかったし。あ、ビアンキさんもイタリア人だった。あと、先生は私のタイプじゃないから、その点は問題ないって」
あっさりと言って、は本を見ながら、歩き出す。
「それに、私、ディーノさんとは恋人同士なわけじゃないけど」
「は?」
の意外な言葉に、獄寺は固まる。
「付き合おうとか、言われたことないし」
「入学式の日に、指輪貰ったって言ってただろーが」
「うん、今も持ってる」
と、胸元のチェーンを揺らす。
そういえば、と獄寺は思い出した。ディーノから指輪を貰った時、は獄寺に聞いてきた。
「イタリア人が入学祝いに指輪を贈るのは、何か意味があるのか」と。
もちろん、イタリアに入学祝に指輪を送る風習があるわけではない。だから、ディーノが入学祝いと言ったなら、そうなんだろうとその時は答えた。
「日本に来たついでに、一緒に出かけたりするけど、それだけなんだよね」
ディーノがに好意を持っていることは、周りの誰もが知っている。中学二年の時に出会って、それから、日本に来る度に、ディーノはと会っているのだ。中には、に会うために日本に来ている時もあるだろう。
それなのに、まさか、付き合っていないなどとは思わなかった。それとも、が鈍感なのだろうか。
「想われてる自覚が、ないわけじゃないんだけど。でも、どこか一線引いてる気がするんだよね。年齢云々以外でさ」
の発言で、先ほどの言葉を撤回する。
やはり、ディーノの態度で気づかないはずもなかった。二人の雰囲気は、正しく恋人同時のそれなのだ。
獄寺は、ディーノがなぜ、と一線引いているのか知っている。
ディーノはマフィアのボスだから、一般人であるを巻き込みたくないと、そう思っているのだろう。ディーノらしいといえば、ディーノらしいが、獄寺に言わせれば、ただ勇気がないだけにも思える。
「たまに思うんだよね。私はひょっとしたら、現地妻なんじゃないかとかって」
「なっ! 女が、っんな、発言すんじゃねーよっ!」
の思いもよらない発言で、獄寺は咥えていたタバコを落とした。幸いまだ火は着けていなかったから、火事にはならない。
そして、は気にせず続ける。
「ディーノさん、あれだけかっこいいんだし、向こうに美人でナイスバディーな本命がいても、不思議じゃないんだよね」
言っている口調は軽いが、内容はかなりヘビーだ。
「同じイタリアーノの獄寺としては、どう思う?」
「知るかっ! あのへなちょこに、そんな甲斐性があるわけねーだろーがな」
甲斐性どころか、ディーノはしか見てないだろう。
「だといいな」
獄寺が渡した本を、パラパラと見ながら、呟いた。
「なら、跳ね馬に確かめりゃいいじゃねーか」
「それが出来たらやってるって。聞いて、本命の彼女がいたら、今までみたいには、会ってくれないだろうし。それなら、このまま知らないままの方がいいかなって」
の発言に、獄寺は呆れる。
あの、ディーノのことだ、イタリアに以外の女がいるなんてことはないだろう。だが、彼女の発言は、自分は二番目でいいといっているようなものだ。
二番目で、幸せになれるはずはない。それも、マフィアが相手であれば、尚更だ。そんな人物を獄寺はよく知っている。
「ってことで、そんな女に負けないように、とりあえず、イタリア語を習得しようかと」
パタンとが本を閉じた音で、獄寺は我に帰った。
「だから、協力よろしく」
「……暇な時はな」
溜息を吐きながらも、獄寺は了承した。
この話をディーノにすれば、どういう反応をするだろうかと、獄寺は思った。ひょっとしたら、これがきっかけで、二人が付き合いだすかもしれない。だが、それは、ディーノを喜ばせるだけで、気に食わない。
ディーノにこの話をする義務なんて自分にはない。だから、しない。
「後、愚痴とか、相談も聞いてもらうから」
「はぁ? 何で、俺がっ!」
の言う愚痴とは、間違いなく、ディーノ絡みということだろう。そんなのは御免だ。
「愚痴は、笹川辺りにでも聞いてもらえよっ!」
「えー、男の子の意見だって聞いてみたいしー」
「なら、山本にでも言えっ!」
「獄寺……山本に相談して的確なアドバイスがくると思う?」
言われて、獄寺は、浮かべたくはなかったが、野球一筋の少年を思い浮かべる。確かに、あの野球バカでは、相談にはならないだろう。
「どうすればいいと思う?」「ガーッっていきゃいいんじゃね?」と言った具合に返ってきそうだ。
「その点、獄寺なら、的確なアドバイスしてくれそうだし。ツナに相談してもいいんだけど」
「十代目の負担が増えるのなら、俺が聞いてやる」
「言うと思ったー」
あははと笑いながら、は教室に向かう。
獄寺も、呆れたような息を吐き、同じく教室に向かった。
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