好きだから頑張れる

高校二年




「Buongiorno. Come stai?」
「Buongiorno. Come stai?」
「…Buongiorno. Bene」
「Buongiorno. Bene」
「…Buona sera.」
「…?Buona sera.」

放課後、補習を受けているツナと山本を待っている獄寺は
にイタリア語講座を開いていた。

「……Arrivederci.」
「……?Arrivederci.」

しかし先ほどからイタリア語を並べる獄寺の言葉に間があった。

「……」
「…?
 どうしたの?さっきから」

ついに言葉を止めた獄寺にが尋ねる。

「もう1回言ってみろ」
「え?」

獄寺は眉を寄せてに言った。

「Buongiorno.」
「…Buongiorno.」

とりあえず、は獄寺が言った言葉を繰り返した。
それを聞いて獄寺は溜め息を吐く。

「な…何…」
「お前、巻き舌できねぇだろ」
「う…」

獄寺の言葉には表情を歪めた。

「Rの発音が英語発音になってる。
 イタリア語のRは巻き舌でやるんだ」

厳しく獄寺が指摘する。にも自覚があった。
自分の発音と獄寺の発音の違い。

「イタリア語の基本だぞ。分かってるよな」

獄寺がに目を向ける。

「分かってる…」

は小さく頷いた。

「…Buongiorno.」
「Buongiorno.」
「…もう一度。Buongiorno.」
「…Buongiorno.」

そんなやり取りが暫く続いた。


「ただいま〜」
「だから違うっつってんだろーが!」
「こっちだって頑張ってるわよっ!」

教室のドアを開けた途端聞こえた声にツナは目を丸くした。

「何やってんだ?」

後ろから山本がひょいと顔を出す。
そこには怒鳴りあう獄寺との姿があった。

「獄寺君、どうしたの?」
「10代目!補習お疲れ様でした!」

ツナに気づいて獄寺は労いの言葉をかける。

「…イタリア語?」

机に広がっている本を見て山本がを見た。

「獄寺にイタリア語教わってるの」
「ふーん。それでなんで日本語で怒鳴りあってんだ?」

山本が開かれた本をパラパラと見ながら尋ねた。
もちろん見たところで読めはしないのだが。

「いやー…発音がね」

は苦笑いをしながら答えた。

「?」

山本は首を傾げて獄寺を見る。ツナも獄寺を見た。

「Rの発音が出来ねーんだよ」

を見ながら彼は答えた。

「Rの発音?」

ツナが尋ねる。

「はい。イタリア語でRの発音は巻き舌になるんです。
 それがこいつの場合、英語のR発音になるんです。
 たとえばBuongiorno.がBuongiorno.になるんです」

獄寺は上手くイタリア発音と英語発音で表現した。

「…巻き舌ねぇ…Buongiorno.」
「!」

ツナの発音には彼を見る。

「巻き舌〜?Buongiorno.」
「!!」

続く山本の発音にもは彼を見た。
この時クラスに残っていた何人かは小声で単語を口にしていた。
そして、所々でガッツポーズと首を捻る姿が見える。

「さすが10代目!素敵な発音です!
 何でオメーは出来ねーんだ」
「えー…だって…」

の表情が暗くなる。

「いいか、英語発音でRができるなら、
 イタリア語発音のRもできるだろ!」
「できないから困ってるんじゃん!」
「巻き舌だろ?舌巻きゃ良いんじゃね?」
「いや、それはさすがに分かるから」

山本の発言にツナはツッコミを入れた。

「巻き舌ってのは舌の先を巻くようにして強く発音する口調のことだ!
 発音する時、強く空気も一緒に吐く要領で言うんだよ!」

獄寺は論理指導を展開する。

「これはクリアすべき課題だぞ」
「…うん…」

そう言われては頷いた。

「あ。そろそろ部活終わるんじゃない?」

ツナが壁に掛けられた時計を目にする。

「ヤベ、俺ミーティング参加するよう言われてるんだ」

山本はパッと顔を上げた。

「三人ともまた明日な!」
「うん、また明日」

教室を出ていく山本の言葉にツナとが手を振る。

「10代目、俺達も帰りましょう」
「あ。うん。は用事?」
「うん」

は頷いた。

「じゃぁ、また明日」
「また明日」

ツナの言葉には笑って返す。

「オイ」
「ん?」

獄寺がを見る。

「他の発音は問題ない。英語が得意なだけあってむしろ良い。
 だからこそ少しは改善していくぞ」
「はい。先生」

獄寺の励ましには笑って頷いた。




!」
「ディーノさん!」

階段にさしかかったとき、上から声が降ってきた。
見上げると眩しい金髪をした青年がひょっこり顔を覗かせている。
携帯に連絡があって、今日は一緒に出かける約束をしていたのだ。

「元気にしてたか?」
「はい!楽しみにしていました!
 ロマーリオさんもこんにちは!」

は二人の様子を見守っていたロマーリオにも挨拶をした。

「おう。久し振りだな」

ご機嫌よろしくロマーリオも挨拶を返す。

「その後、イタリア語講座はどうだ?」

階段を降りながらディーノは尋ねる。

「はい。厳しいですけど、教えてもらってます。ただ…」
「ただ?」

の言葉にディーノは首を傾げる。

「発音が難しくて」

先ほどのやり取りを思い出して、は苦笑いをした。
獄寺曰く、他の発音は問題ない。
むしろ良いとまで褒めてくれた。
しかし、基本である例の巻き舌ができないことには満点とはいえないようだ。

「でも、は英語得意だろ?」
「はい。でも基本が出来なくて…」
「基本?」

ディーノに尋ねられ、は顔を少し背けた。

「Rのイタリア語発音ができないんです…」

小さくそう答えた。

「なるほど」

ディーノは、ふむ、と頷いた。

「なら、俺が少し教えてやろーか?」
「え、良いんですか?」
さえ良ければ」

パッと明るくなったの表情を見てディーノは嬉しそうに笑った。


こうして二人は並盛商店街を歩きながらイタリア語の練習をしていた。
そして、並盛公園へと落ちついた。

「Buon appetite.」

ディーノは公園に来ていた車型クレープ屋で2つ買うと、
ブランコに座っていたに差し出した。

「Grazie.」

は発音を意識しながら答えつつ、それを受け取った。

「なるほどな」

ディーノはその発音を聞いて頷いた。

「確かに英語発音に近いな」

そしてクスクスと笑う。

「う〜ん…Grazie…Grazie…」

は小声で何度か単語を繰り返し言ってみるが、
どうしても英語発音になるようだ。

「Grazie」

ディーノが発音してみせる。
はディーノの口許を見ながら発音の仕方に集中する。

「G ra zie」

するとディーノはゆっくりと1つ1つ区切りながら発音した。

「…Grazie」

発音しながらも首を捻る
どうも自分が思っているようには出ていないようだ。

「G ra zie」

今度はディーノがやったように発音してみる。
できるだけRに意識を集中させながら。

「…可愛いな」
「え?」

思わずディーノは自分の口を手で覆った。
思っていたことが口から零れ落ちたようだ。

「いや、悪い。が真剣なのは分かってるんだ」

ディーノは気恥ずかしそうに片手を振った。

「必死なのが、その…可愛くてな」

そう言われての顔が赤くなる。

「あいつは厳しいかもしれないが、発音の綺麗さは一級だぜ」

話を逸らすようにディーノは獄寺の話題を出す。
なんといっても、獄寺は良家出身なのだ。
上流階級といってもいい。そんな彼の発音はとても綺麗だ。

「あいつはの発音のことはなんて?」
「他の発音は問題ない。むしろ良いって言ってくれました。
 だからこそ改善するぞって」
「俺と同じ意見だな」

ディーノはを見て言った。

「発音は確かに綺麗だ。だからRの発音が気になるんだろう。
 回数こなして少しずつ上手くなっていけば良い」

そして、ふわっと温かな陽射しのように笑う。
その笑顔につられるようにも思わず笑みが零れる。

「ホントに、他の発音は良いですか?」

はディーノに尋ねる。

「あぁ。イタリアでも通じるぜ」
「ありがとうございます!」

ディーノはの頭を撫でた。
嬉しそうに笑うがとても可愛らしくて、
ディーノは思わず抱き締めたい衝動に駆られる。
それでも、自分の気落ちを伝えていない今、
まだ彼女をそう易々と抱き締めるわけにはいかない。
イタリアにいるならまだしも、此処は日本だ。

「巻き舌は得意不得意があるからな。
 できるようになるまで、時間がかかるかもしれないが、頑張れ」
「はい!」
「舌を巻いて、息を吐きながら振動させる感覚だ。
 まぁ、これも繰り返しやって慣れていくしかないんだけどな」

ディーノが苦笑いで話す。

「イタリア語発音に近づいたらのイタリア語はとびっきり綺麗になるぜ」
「ディーノさんに負けないくらい綺麗なイタリア語が話せるように頑張ります!」

はディーノに励まされ、嬉しそうに笑った。
大好きな人に褒められて大好きな人に励まされたら頑張れる。
その大好きな人の為に身につけたいことだから。

「じゃ、今日はイタリア料理でも食べに行くか!」
「はいっ!」

ディーノはに手を差し出した。

「Venga con me.」
「Si.」

はその手を取り微笑む。

「じゃ、とびっきりの料理食べに行こうぜ。ロマーリオ、車!」
「準備できてるぜ、ボス」

そして二人は車に乗り走り出した。


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