Grazie!
高校二年
一月も半ば。は悩んでいた。
あと少しで二月だ。二月には外せない日がある。女の子が盛り上がるバレンタインとは別に、もっと重要な日。
「ねえ、獄寺。男の人って彼女から何貰ったら嬉しい?」
「…………」
いつもの様に、獄寺にイタリア語を教えて貰っていたは、文章を訳しつつ、唐突に質問をぶつけた。
当たり前と言えば当たり前だが、獄寺は無言でしかし、何言ってんだコイツ、という言葉を含んだ視線をに送る。さらにいえば、その視線には、またかという呆れも含まれている。
「……あいつなら、何でも喜ぶだろ。余計なことを考えてねーで、さっさと解きやがれ」
「獄寺冷たーい」
が茶化すように返答すると、獄寺に睨まれた。
「獄寺君、お待たせ」 「十代目ッ! お疲れ様です! さ、帰りましょう!」
「えっと……いいの?」
ツナが現れた途端、獄寺は荷物を片付けた。獄寺がにイタリア語を教えていることは、ツナも知っている。だから、ツナはに視線を送った。
「うん、いいよ。ありがとね、獄寺。そして、次もよろしく。ツナ、また明日ー!」
「うん、また明日」
そういって、ツナと獄寺は教室を出て行った。教室に残っているのは、一人。
「ホントに、何にしようかなぁ〜」
は持っていたペンをくるっと回しながら呟いた。
「でね、何がいいと思う?」
放課後、寄り道して、京子、花、ハルと4人でのカフェでティータイム。そして、話の流れで昨日獄寺にも言ったことを相談してみた。
「冬だし、マフラーとか編み物は?」
の問いに京子が提案する、が、
「前にあげたし、半月じゃ間に合わないよ」
「でしょうね」
と、の否定に、花も同意する。
「…………いっそ、『私がプレゼント!』とかしようか……」
「はひっ!? ちゃん! それはまだ早いです!」
の大胆な言葉に、ハルは驚きの声を上げる。
「冗談、冗談。それは十八歳になってからね」
とは笑っていう。
「付き合いだして、最初の誕生日だから、ちゃんとした物をあげたいんだよね」
やっと恋人同士になれたのだ。ここはちゃんとしたものをあげたい。そして、よくを言えば、
「常に使って貰えるものがいいな……」
「ちゃんがあげるものなら、何でも喜んでくれるにきまってます!」
「それ、獄寺にも言われた」
「どっちにしろ、が決めなきゃだめでしょう」
花の言葉は最もだ。
「……だよねぇ……。もう少し考えてみる……」
「買い物ならいつでも付き合うからね」
「うん、ありがとう」
返事しつつ、本当に何にしよう、とは遠くを見た。
「!」
「ディーノさんっ!」
部活も終わり、正門へ行くと、そこにはディーノが待っていた。
は駆け足で、ディーノの元に行く。
「ディーノさん、誕生日おめでとうございます!」
「ああ、ありがとうな」
会って真っ先に伝えれば、ディーノは笑顔で返してくれた。
ディーノの後ろに控えているロマーリオに言わせれば、ディーノの笑顔はいつもより、二割増しというか、にやけている。
「えっと、誕生日プレゼントを……」
「それは、後でな」
「え?」
今日はディーノの誕生日で、今までいろいろと相談していたのは、誕生日のプレゼント。
会ったらすぐに渡そうと思っていたが、遮られてしまった。
「今日は、俺の誕生日だから、俺に付き合ってくれるんだろ?」
「はいっ!」
誕生日だから、というのではなく、ディーノだから付き合うわけだが。
「よし、じゃあ、まずは……ゲーセンだ」
「ゲーセン、ですか?」
ディーノは軽い足取りで、の手を握り商店街に向かう。商店街にあるゲームセンターに着くなり、まっすぐ目的の場所へたどり着く。
「これ、撮ろうぜ」
そこは、ゲームセンターにあるプリクラコーナー。
提案しているディーノは少年のようなキラキラした笑顔と、瞳でを見ている。
そんなディーノが年上なのに、可愛いと思ってしまい、自分はそうとう重症なんだなと思ってしまう。
「静、これ、どうやるんだ?」
ディーノは既に空いている機械の中にいた。
「まず、お金を入れて」
の指示通り、ディーノは財布を出す。
「あ……」
「どうかしました?」
「いや、それが……」
答えるディーノは少しバツが悪そうだ。どうやら、小銭がないらしい。
「私が出しますよ。今日は、ディーノさんの誕生日ですし」
は財布から小銭を出して、機械に入れる。
ディーノは少し落ち込んでいるように見える。
「ディーノさん、背景どれにしますか?」
はディーノの服の裾を引っ張り、画面を示す。画面には、カラフルな背景があり、右下の隅にある数字が一つずつ減っている。
「そうだな…………に任せる……」
選ぼうとしたが、初めて使うディーノには分からず、に任せることにした。
「じゃあ、これとこれ、あとは、これかな」
は手慣れた様子で、背景を選んでいる。そんなを見ながらも、知らず知らずにディーノの顔は緩む。
「あそこがカメラですから、あそこを見てくださいね」
画面では撮影が始まろうとしてる表示が出ていて、はカメラを指した。
「お、おお」
は、ディーノの腕にくっつく。
カシャっとカメラのシャッターを切る音がする。
「二枚目の撮影が始まりますよ」
「もうっ?!」
待ったもなく、わずかな時間で次の撮影が始まる。ディーノは頭で考えるよりも、自然と体が動いていた。
「え?」
ディーノはを後ろから抱きしめた。思わず後ろを向きかけるを制止、カメラを見るように促す。
「ほら、カメラカメラ」
「え、あ、はい」
がカメラをみると、カチャっと音がした。きっと、赤い顔をした自分が写ってるんだろうなと思う。
そんな調子で、数枚撮っていく。
「次、最後ですね。ディーノさん、そこで動かずにカメラ見てて下さいね」
「ん? ああ」
ディーノは言われた通りに、カメラを見て、動かないようにする。
カシャ。
「っ?!」
シャッター音の後に、ディーノは隣を見た。そこには、顔を真っ赤にさせたがいる。
「つ、次、移動です」
鞄を持って、逃げるように移動するにディーノはついて行く。
ついて行く間中ずっと、ディーノの顔は緩んでいた。
裏側には、タッチペンのおいてある画面があった。
「どの写真にしますか?」
画面には、先ほど撮った写真が並んでいる。
「俺が選んでいいか?」
「はい、どうぞ」
からタッチペンを貰い、ディーノはポンポンっと写真を選ぶ。
「え、それも、ですか……」
「当たり前だろ」
ディーノが選んだのは、最初に撮った腕を組んだ写真と、後ろからディーノがを抱きしめている写真。そして、最後に撮った写真だ。
「、次はどうするんだ?」
「次は、ペンの種類とかを選んで、文字を書いたり、スタンプ押したりするんです」
タッチペンは二本。
「こうやって、写真を選んで、ペンを選択して、こうすると」
が見本として、画面に文字を書く。
写真には、「Boun complesnno! Dino」と書かれている。
「へぇー。そうやるのか」
横で見ていたディーノもやり方のコツを覚え、楽しそうに描きはじめる。
「よし、できた!」
「じゃあ、その終わるボタンを押してください」
画面に印刷中の文字が現れ、しばらくすると、プリクラシートが出てきた。
「へー。こんな風になってんだな」
「ディーノさん、それ貸して下さい」
ディーノからシートを受け取り、は備え付けのハサミで、半分に切る。そして、半分をディーノに渡す。
「はい、ディーノさんの分です」
「Grazie! これ、皆に自慢しねーとな」
「え? 皆って?」
「もちろん、部下たちに見せる!」
「ええ?! これ、皆さんに見せるんですか!?」
「ああ、プリクラは知り合いに配るもんなんだろ?」
そうだ。確かにそうだ。プリクラは交換したり、あげたりする。しかし、このプリクラを誰かにあげるというのは、若干、というか、かなり抵抗がある……。というか、恥ずかしい。
「それは、そうなんですけど……」
駄目か? なんて、聞かれたら駄目です。とは言いづらい。絶対あげてはダメというわけではないのだから。
「……部下の人、だけなら……」
「もちろん!」
よほど、嬉しいのか、ディーノの足取りは軽い。
ゲームセンターを出ると、そこには、黒塗りの車が停まって待っていた。もちろんディーノの車だ。ロマーリオが手配してくれたのだろう。
ディーノはドアを開け、も慣れた様子で車に乗り込む。何回も乗っているから慣れたものだ。
「次は、どこに行くんですか?」
「そろそろ食事の時間だな。でも、その前に」
「その前に?」
二人が乗っている車は、ある店で止まった。
「ここって……」
何度か来たことのある有名ブランド店。
「お待ちしておりました」
「頼んでたの取りに来た」
「え? え?」
店員は慣れたもので、を更衣室へ促す。自身も流されるままいどうする。
「ディーノさん……これって……」
困惑しながらも、着替え、さらに困惑している。
「気に入らなかったか?」
が今着ているのは、淡いゴールドのワンピース。ドレスというほど豪華なものではないが、それでも、ちょっとしたレストランに着て行けるものだ。もちろん、靴もセットで、髪を整えたり、軽く化粧もしてくれている。
気に入らないわけはないが、今日はディーノの誕生日であって、誕生日の人にプレゼントを貰ってしまってもいいのだろうかと思う。
「そんなことないです!」
「なら、そのまま食事に行こうぜ」
「え?」
「服の支払いは、既に終わってるからな」
「でも、今日は、ディーノさんの誕生日で……」
「だから、俺のお願い聞いてくれるだろ?」
「お願いですか?」
「そう。可愛い恰好のとレストランでデートしたいっていう願い。聞いてくれるだろ?」
「はいっ」
そういわれて頷かないはずはないし、さすがに制服では入れないだろう。
「美味しい〜」
最後のドルチェを一口食べ、は嬉しそうに笑う。ディーノはその様子を見ているだけで、口元が緩む。
「可愛いな……」
「っ!!」
ディーノは心の中で言ったつもりだったが、口に出してしまっていたらしい。目の前に座っているは真っ赤になって、ディーノを見ている。
「えっと、あのっ……」
を見るディーノと目があったからか、はますます赤くなる。
「ほら、手、止まってるぜ。早く食べねーと、ジェラートが溶けちまう」
見ると、添えられていたジェラートが溶け始めている。溶ける前にっとはジェラートを慌てて掬う。
赤くなって固まってしまったに、ディーノが気を使って話題を変えてくれてたのだろう。こういうところはやはりディーノが大人だと感じる。自分がもうすこし大人なら、さっきのような時も、赤くなって固まってりせず、余裕でお礼なんかがいえたのに、といつもは思う。
「、俺のも食うか?」
「え? それはディーノさんのだから、ディーノさんが食べてください」
確かに、このジェラートは美味しいが、さすがに人のものまではもらえない。
「じゃあ、食べさせてくれよ」
見つめられて、そんなことを言われては、拒否なんてできない。
はドキドキしつつ、ジェラートを救う。そして、ゆっくりとディーノの口元に持っていく。
別に初めてのことではないが、以前はこんな雰囲気ではなかったし、以前よりもドキドキ度が上がっているように思える。店の雰囲気が原因なのだろうか。
「はい、」
「え?」
ディーノが食べ、ほっとした後、の目の前には、ジェラートの乗ったスプーンが差し出されている。
「ほら、あーん」
「あ、あーん」
差し出されてるのだから、食べないわけにもいかず、ぎこちなく食べる。
溶けて甘く感じるのは、ジェラートそのものの味だけではないような気がしていた。
「今日はありがとうな。最高の誕生日だった」
「ディーノさんが、素敵な誕生日を過ごせたなら嬉しいです。それと、これ、遅くなりましたけど、プレゼントです」
は、綺麗にラッピングされた箱をディーノに手渡す。
なかなか渡すタイミングがなく、結局最後になってしまった。
「Grazie. 開けていいか?」
「はい。もちろんです!」
「万年筆?」
箱の中には、シンプルな万年筆。
「はい。何がいいかなって思ったんですけど、やっぱりいつも使うものがいいかと。書類の仕事も多いって聞いてましたから、万年筆なら使うかなって……」
万年筆を見たまま動かないディーノには少し不安になる。
「あ、あの、今使ってるものもあると思うので、それが壊れた時の代用にでもしてくれたら……」
「!」
「は……いっ?!」
ディーノは名前を呼ぶなり、を抱きしめた。
「すっげー嬉しい。俺絶対これ、使うからな」
「喜んでもらえてうれしいです」
ディーノの言葉にはホッとして、笑顔になる。
「……それでさ、もう一個プレゼントくれないか?」
「え? でも、私もう何も……」
「mi baci.」
「っ!?」
イタリア語で言われたが、何を言ったのか分かる。伊達に獄寺に教えてもらってはいない。
「駄目か?」
「ディーノさん、酔って」
「ない」
レストランでワインを少し飲んだが、酔って自分の言動が怪しくなる程ではない。しかし、『酔ってるとすれば、にだ』なんて、気障なセリフが頭を過ったのは、ディーノ自身がイタリア人故なのだろうか。
「目、瞑ってて下さいね」
「ああ」
照れつつも、ディーノが望んだものをくれようとしてくれるにディーノは嬉しくなる。だから、素直に目を閉じる。
目を閉じたことで、が緊張しているのがとてもわかる気もする。
座席が僅かに沈む。
ディーノの唇に柔らかいモノが触れる。
触れていた時間はほんの一瞬。
ただその一瞬が、ディーノにはとても幸せなものに感じた。
目をかけてみると、真っ赤な顔のと目が合う。
「Ti amo.」
ディーノはの耳元で囁くと、今度はディーノから、唇を重ねた。
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