不安なのは女の子だけじゃない

高二




「恭弥〜」

軽いノックの後、主の返事を待つことなく、応接室の扉が開く。

「許可した覚えはないけど?」

書類に向けていた顔を上げ、雲雀はやってきた人物を見る。
長身で金髪の美青年のイタリア人。

「そう堅いこと言うなって」

ははっと笑顔が似合う彼は雲雀の家庭教師、ディーノである。

「久々に会ったんだからさ」

そう言って手土産の和菓子の包みを掲げる。

「僕は、用事はないよ。それは貰っておくけど」

机に置かれた和菓子を受け取りヒラヒラと退出を促す仕種をした。

「ホントにつれねーな。巡回までまだ時間があるだろ?
 付き合ってくれても良いじゃねーか」

目で時計を確認する。町内巡回の時刻にはまだ早い。

「殺し合いなら」
「オイオイ、それは今日なし!
 持ってきた和菓子でも食べながら、な」

雲雀はトンファーを取り出すと今にも攻撃してきそうな雰囲気を出す。
このやり取りに慣れているため、ディーノもきっちりと制する。

「その和菓子俺の分も入ってるんだよ」

和菓子を指差してディーノは続ける。

「人への手土産に自分の分も入れるなんてそんなセコイ話知らないよ」
「そうカリカリするなよ。絶品なんだろ?此処の和菓子。俺も食べてみたくてな」
「お茶が入りました。委員長も少しお休みになられたら」

草壁が来客席に2人分のお茶と、和菓子を食べるための小皿と黒文字を置く。

「…副委員長」
「さっすが草壁」
「まーまー、付き合ってやってくれよ。うちのボスにさ」

ロマーリオが今にも草壁を咬み殺しそうな雲雀を宥める。

「…ふん」

トンファーを仕舞うと雲雀は来客席の方へと移動した。
ディーノが言うように、彼が持ってきた和菓子屋は絶品として有名である。
類に漏れることなく、雲雀も気に入っている店だ。

「それにしてもよく来るね。マフィアのボスってそんなに暇なの?」

雲雀は呆れた顔でディーノを見る。

「俺はそう思われたいんだよ」

ほんの少し切なそうな笑顔で彼は湯呑に手を伸ばす。

「そうじゃねーと、アイツが気にしちまうだろ?優しいからな」

そう言って一人の人物が脳内に過る。

「…」

この展開はあまり芳しくないと、雲雀はうっすら思った。
が、来客席に座って和菓子に手を出した時点で遅いのだが。

は俺が忙しいんじゃないかっていつも気にしてくれててな。
 だから俺はできるだけこっちに来れるようにしてるんだ。
 時間はちゃんとあるんだぜって」

そう言ってお茶を一口飲む。

「実際、忙しいのは変わらねーけど。毎日は逢えないからな。
 色々切り詰めてでも逢いたいんだよ、俺は」
「…」

雲雀は黙ってお茶と和菓子を食べる。
このディーノの愚痴ともノロケともとれる言葉は始まったら中々終わらないのだ。

「毎回思うけど、それはノロケ?」
「だったら良いんだけどなー。半分愚痴で半分ノロケ。
 に毎日でも逢いたいけど逢えないって愚痴と。
 は優しいんだぜっていうノロケ」
「鬱陶しいね」

ディーノの言葉を雲雀は斬り捨てた。

「そういうなよ。好きな奴の自慢はしたいだろ?」
「付き合ってないんでしょ?」

雲雀の言葉にディーノの手が止まる。

「そう…そうなんだよな…」

小さく彼は呟いた。

は気になっている奴がいるんだろうか…」
「…いるんじゃない?」
「何?!」

ディーノは思わず雲雀を見た。
彼は口許に笑みを浮かべている。

「何か知ってるのか?!」
「知ってるもなにも見れば分かる」

焦るディーノに雲雀はそれを面白がっていた。
そう。には気になる人物がいる。
それは雲雀の情報網に引っかかっている。
別に彼女に興味云々の話ではなく、ツナ自身と
その周辺に関する情報は自然と雲雀の元まで届く。
そうでもしていないと、並中のように校舎を
戦闘会場にされる可能性があるからだ。
件のの気になる人物というのは今まさに自分の目の前にいる人物。
それに気づいていないのは恐らくこの本人のみだろう。
周りは気づいている。
現にこの場にいる彼の右腕ロマーリオは笑いを堪えている雰囲気があった。

「まぁ、そんなに焦ることじゃないんじゃない?」

何故なら自分のことなのだから。
そう言葉を伏せて雲雀はディーノを見た。

「安心なんてできるかよ。
 正直、恭弥やツナがが羨ましい」
「…」

雲雀は黙って彼を見る。

と学校一緒だったりクラス一緒だからな。
 俺はまだ、そんな関係にもなってねぇし…想うばっかりだ。」
「ボスは写真ばっかり眺めてるからなー」
「ロマーリオ!」

会話に入って来た右腕の言葉にやや顔を赤くしてディーノは怒った。

「けどってホント可愛いんだぜ?
 何回も一緒に出掛けてるけどよ、笑ったり照れたりした時スッゲー抱きしめたくなる。
 まぁ、抱きしめてる時もあるけどな」
「…付き合ってないんでしょ?」
「けどほら、イタリアじゃない話じゃないからな。
 ジャッポーネにもあるだろ?試合とか勝つと勝ったぞーって皆で
 抱き合って喜び分かち合うみたいなのが」
「それと一緒で良いの?」

ディーノの例えに微妙そうな表情を雲雀がする。

「何でも良いけど、僕としてはそれで付き合ってない方が不思議だけどね」

そう言って和菓子を食べる。

「付き合うには…障害があるからな」

ディーノは切なそうに答える。

「…マフィア」

雲雀は小さく答える。

「そう。と付き合うためにはまずそれを理解してもらわねーといけない。
 一応今のところ実業家ってことになってるけどな。
 付き合いだしたら実業家じゃいられない」
「だろうね」

彼の答えに雲雀は納得を示す。
そんじょそこらのマフィアとはわけが違う。
彼がいる位置は巨大組織のボスだ。
たとえ国が違えども、そんなボスと付き合うとなると
多かれ少なかれ危機がある可能性は否定できない。
何か起こってからでは、遅すぎるのだ。

「だから、言わなきゃいけない…」

ディーノの目つきが真剣さを帯びる。

「それをが受け入れてくれるかが不安なんだよ。
 優しいから頷いてくれるとは思うけど、
 ホントにそれで良いのか、分からないからな…」
「好きかどうかも分からないし」
「そういうこと言うなよ!恭弥!」

雲雀の言葉にディーノはツッコミをいれる。

「ボス、そろそろ時間だぜ」
「おっと。ホントだ。じゃぁ、俺はとこれからデートだ」

嬉しそうにディーノは席を立つ。

「和菓子ありがとな。美味かった」
「アナタが持ってきたんでしょう?」
「ははっそうだったな。
 じゃ、またな」

上着を羽織るとディーノは応接室の扉に向かう。

「ねぇ」
「ん?」

呼びとめられて振り向く。

「いつか、言うつもり?」

雲雀は尋ねる。

「そりゃな。俺だって男だ。
 惚れた奴には一生傍にいて欲しいからな。
 俺にとって、それがだ」
「そう」

雲雀の返答を聞くとディーノは笑って応接室を後にした。
その彼が大輪の花を咲かせてこの応接室に再びやってくるのは数日後の話である。


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