並盛高校文化祭(後編)
高校二年
「ディーノさん、これ」
「ん?」
はポケットの中から1枚の紙を出した。
「お、入場のチケットだな」
紙には文化祭の名前と演奏会の開演時刻などが書かれていた。
「いえ、演奏会自体は入退場自由だから、チケットとかはないんです」
「え。じゃぁ、これは?」
最もなディーノの問いかけに、わずかだがが赤くなる。
「招待券で、指定席なんです」
「指定席?」
よく見ると紙に2列1番と書かれてある。
「吹奏楽の部員からの招待ってことでステージの近くで聴ける、指定席のチケットなんです」
「そんな大事なの、俺が貰って良いのか?」
「…はい。ディーノさんが文化祭来るって連絡貰った時に、見に来てくれるなら渡そうと思ってて」
「ありがとうな、」
ディーノは笑っての手を取った。本当は抱き締めたいところだが、演奏前のに刺激を与えるのは良くない。何より抱きしめるだけで終われるか、正直自分に自信がなかった。
「演奏、頑張れな」
「はいっ」
を鼓舞してディーノは体育館の入口へと向かっていった。
「よしっ」
ディーノを見送りは自分の手をキュッと握り締めた。
それだけでディーノの体温が蘇る。ディーノを思うだけで笑顔になれる。
今日の演奏会は大成功間違いなしだ。そう直感しては控え室へと向かった。
の直感通り演奏会は大成功だった。
最近流行っているポピュラーな音楽、有名なゲームのテーマ曲やアニメソングまで取り入れ、上手く繋いで演奏された音楽は1つの曲になっていた。
そして、この演奏会を締めくくるのは当然あの曲だ。
「最後に、吹奏楽部が満を持してお送りします曲は、我が並盛高校校歌です!」
いついかなる時も校歌を演奏する。それは近年決まったことではあったが、その決定事項及び背後にある風紀委員長の存在のせいもあり、並高の校歌演奏の完成度は非常に高かった。
そして、今回の文化祭の演奏会にはその風紀委員長、雲雀恭弥が聴きに来ているという情報が演奏会前に入ってきたのである。気合いが入らないわけがない。
大喝采の後、吹奏楽部の演奏会は無事に終了した。
「凄く良かったぞ!!!」
演奏会と反省会を終えたはディーノと合流した。
「ありがとうございます」
向けられる笑顔にホッとしては礼を言った。
「しかもあんな良い席で聴けたしな」
ディーノが座っていたのは前から2列目のど真ん中だった。
「それにしても、校歌を締めに持ってくるとはな!」
「あれは、雲雀さんの影響ですね」
苦笑いをしながらが答える。
「私達が入学する前の年から演奏会とかでは校歌をどこかに入れるようにって決まったんです」
「恭弥らしいな」
思わずディーノも苦笑いを浮かべる。
「じゃぁ、文化祭巡り、続けるか」
「はいっ!」
二人は体育館からグラウンドへと足を進めた。
「次は何処行くかなー」
グラウンドに出店している店をパンフレットで確認しながらディーノが呟く。
その表情はとても楽しそうだ。
は20センチ以上背の離れているディーノを見上げる。
「どうした?」
視線に気がついたのかディーノはパンフレットから目を移した。
「何でもないです。ディーノさんが楽しそうで良かったと思って」
「そうだな。文化祭も楽しいが何よりと一緒にいるからな」
本当に嬉しそうに笑う彼にの心臓は速まった。
「…ディーノさんは何で、私と一緒にいてくれるんですか?」
「…え…?」
「いえ!何でもないですっ!」
は自分でも驚いた。気がついたらそんな言葉が口から零れていた。
「……」
「人生相談受けたまわって周って回っております」
「うわっ!!」
「え?!」
ディーノの声にも驚いて声を出した。
2人の視界に入ってきたのは机に『手相』と書かれた立て札を置いて机の上で回っている占い師だ。
「なんだ?この占い師?パンフレットにも載ってねぇ」
パラパラと捲りながらその存在を確認するがどこにもそれらしいフレーズは書かれていない。
「特別ですから載りません」
その占い師は回るだけ回って気が済んだのか机の上に立っていた。
「今なら特別に無料で占い受けたまわります。まずは彼女から」
こちらの承諾もよそに占い師はを指差した。
「え?私?」
「さぁさぁ座ってください」
占い師に促されては椅子に座った。
「お、おい。」
ディーノは慌てて引き止めようとする。
「あなたは離れてください」
「何?!」
占い師の言葉にディーノは思わず声を上げる。
「人の占いを聞いてはいけません。勿論あなたも喋ってはいけません」
占い師はディーノとの両方を見る。
何となく自分達を見るその目に力があるような気がして2人は思わず頷いた。
「、何か変なことされたら絶対に呼べよ」
「はい!」
の返事を聞くとディーノはその場から少し距離を取った。
「手を。右でも左でも」
占い師に言われては右手を出した。
その手を占い師は拡大鏡越しに見る。
「あなたは今想っている人の全てを受け入れる自信がありますか?」
拡大鏡から目を離さず占い師はに問いかける。
「…自信は、ない、です」
は正直な気持ちを口にした。
本来であれば、こんな時は自信があると言うべきなのだろう。
しかし、聞きもしていない、知りもしない、どんな重さでどんな規模かも分からない全て≠ノ対してそうも簡単に自信があるとは答えられない。自分の大切な人の全て≠セからこそだ。
「それでも…凄く大切な人だから。その人の全てを受け入れたいと思います」
の返答を聞いて占い師は顔を上げた。
「その人はとても大きな決断をしようとしています」
ここではじめて占い師はの目を見た。
「どうか今の言葉、忘れないで下さい」
「…はい…」
の返事を聞くと占い師は笑ってディーノのほうを向いた。
「次はあなたです。どうぞ」
ディーノと入れ替わるように今度はがその場を離れる。
「待て」
「え?」
「もここにいろ」
呼び止めるディーノを見てほんの少し占い師の眉が動いた。
「が俺の視界に入らねぇのは困る」
ディーノはの手を握った。
「でも…」
「…かまいません」
占い師は小さく溜め息を吐いた。
「それがあなたの意志ならば」
そして占い師は同様に手を差し出すよう言った。
ディーノも同じく右手を出した。
そして占い師は同じように拡大鏡越しに手相を見る。
の時とは違い、占い師はすぐに顔を上げディーノを見た。そしてディーノにしか聞こえないほど小さな声で告げた。
「今そこにある全てを大切にしなさい。言えるのはそれだけです」
占い師の目を見ながらディーノは、自分はその目に見覚えがある気がしていた。
「ディーノさん?」
占い師の目を見たまま動かないディーノにが声をかける。
「あ、悪ぃ。行くか」
はっとしてに向き直る。
「ありがとうございましたー」
占い師は言いながらクルクルと回り2人を見送った。
「ちったぁ、励みになれば良いが。まぁ、こんなことしなくてもあいつなら大丈夫か」
回り終えると服装が黒いスーツへと変わっていた。
「俺の自慢の教え子第1号だからな」
そして不適に笑う。
「さて、雲雀にバレる前に退散するか」
キュッと帽子を整えるとリボーンはその場を後にした。
「それでは文化祭を締めくくりますのは!キャンプファイアーです!!皆さんカウントダウンをお願いしまーすっ!!」
すっかり日も落ちて空が黒く染まった頃、校庭では盛大なキャンプファイアーが行われていた。
文化祭のグランドフィナーレだ。そこから少し離れたところに置かれている椅子に腰掛ける影が二つ。
「スゲー炎だな」
高く燃え上がる炎を見ながらディーノは感想を一言。
「でも、綺麗ですね」
「あぁ…」
2人で暫くその炎と陽気に流れる音楽に耳を傾けていた。
これが終るとディーノはまたイタリアへ戻っていくのだろうかとは考えていた。
ツナの様子を見るために日本に来ているのは知っている。それでも、ディーノは中学2年のあの時から自分と会ってくれる。そこにある意図をは計りかねていた。
そして、入学の祝に貰った、今も自分の首から提げられている指輪についても…。
同じイタリア出身の獄寺にその意図を聞いたらなにか分かるかも知れないと思い、尋ねたこともあったが、結局自分で考えるか自分で聞けと一蹴されてしまった。
「」
「はい?」
ディーノの言葉では一気に現実に意識を引き戻された。
「指輪、つけてくれてるんだな」
「はい!勿論です!いつもつけてますよ」
の反応を見てディーノはほんの少し切なそうな笑顔を向けた。
「ディーノさん?」
「期待しちまうな」
「え?」
は瞬きをした。
期待する?何を?
「まだ黙っておこうと思ったんだが、やっぱり無理だ」
ディーノはを見る。さっきまでの優しい切ない目が一瞬にして真剣な目つきに変わった。
「俺はが好きだ」
「…え…」
突然の告白には驚いた。
まさか思ってもみなかった言葉が自分に向けられたのである。
それでもちゃんと、自分の想いも彼に伝えなければならない。
「わ、私もディーノさんが好きです!」
それを聞いて嬉しそうな顔をしたあと彼は次の言葉を口にした。
「俺は、をずっと俺だけのにしていたい。一生、俺の隣りにいて欲しいんだ」
「えっ…」
ディーノの口から出てきた言葉はプロポーズだった。
「私は…」
「、今言わなくてもかまわない」
「え…」
言いかけた言葉をディーノに遮られた。
「俺の話、聞いてから返事をくれ。大事な、話だ」
「…はい」
真剣な目でディーノに言われは黙って頷いた。
「俺が仕事をしてるのは知ってると思う。ずっと黙ってたが、俺の職業は…」
ディーノが一旦言葉を止める。はそれを黙って待った。
ディーノ自身にもこの話をするのは大きなことなのだろう。
ならば自分は彼が彼の口から彼の言葉で語るのを待つ以外にない。
「俺の職業はマフィアだ」
「?!」
は目を見開いた。
マフィアなどという存在が映画や漫画だけの中の話だとは思っていない、それでも自分が実際にその単語を聞くとは思わなかった。しかも最も大切な人からだ。それほどマフィアというものは自分からかけ離れた存在だと思っていた。
「俺はイタリアにあるキャバッローネってマフィアの10代目をしている」
「10代目ってことは…」
組織の名前、そして何代目かを示す言葉。そこから連想される組織での役割は…。
「あぁ、ボスだ」
その言葉には息を飲んだ。
「キャバッローネは10代続いてる組織だ。一時期危ない時もあったがそれでも今は何とかなってる。もちろんマフィアだから狙われることだってある」
「…」
は黙ってディーノの話を聞いていた。
「マフィアだから色んなことをしてきた。綺麗事ばっかりじゃねぇ。もちろん、できるだけそれを避けて通ろうとはしてるけどな。
だから俺と一緒になるとに嫌な思いや不安にさせちまうかもしれねぇ。それに危険な目にあわすかもしれねぇ。いや、多分危険な目にあう。それでものことはちゃんと守る。なにがあっても」
「ディーノさん…」
ディーノはの目を見た。もそれを受けとめる。
「俺が…俺達キャバッローネが作ってきた全部の業を一緒に背負ってくれなんて言わねぇ。言うつもりもねぇ。
ただ、そんな俺と一緒に、いてくれるか?」
ディーノの目を見ながら昼間に聞いた占い師の言葉を思い出した。
『その人はとても大きな決断をしようとしています』
『どうか今の言葉、忘れないで下さい』
自分があの時、思っていた言葉…。
全てを受けとめたいと思う気持ち。
だからこれは、自分の意志だ。
「ディーノさん」
は真剣な目でディーノを見返した。
「私もディーノさんと一緒にいたいです。ずっと一緒にいたいから、そのディーノさんやキャバッローネの業を一人で、組織の皆だけで背負わないでください。私にも、背負わせてください」
「、本当に、良いのか?」
ディーノは驚いた顔をした。それもそうだろう。これだけの話をして何の躊躇いもなく自分を受け入れてくれるとは思ってもいなかったからだ。
「はい」
は力強く頷いた。
「じゃぁ、…」
ディーノは抱きしめたい衝動を必死に抑え、上着のポケットから小さい箱を取り出した。
「ディーノさん…?」
一目見ただけで分かる上質な布張りの箱。ディーノはそれをゆっくりと開けた。
「への、婚約指輪」
そういうとディーノは指輪を大事そうに取り出し、の指へとはめた。
「ありがとうございます。ディーノさんっ!」
「!」
とても幸せそうな笑顔を見てディーノは思わずを抱きしめた。
「愛してるぜ!」
「やったぜボスッ!!!」
「さすが俺達の、ボスだー!!」
「やったー!!」
「決める時は決めるぜー!!」
「ヤリマシタネボス!!」
突然近くの茂みから黒いスーツの男たちが声を上げて出てきた。
「うわっ!」
「お、お前等!!」
さすがのディーノも驚きを隠せない。
「やったな、ボス」
喜ぶ部下を代表してロマーリオが前に出てきた。
「やったなじゃねーよ!いつからいた!!」
「ここに座った辺りから」
しれっと答えられ、ディーノは肩を落とした。
「えっと…」
驚いていたがやっと声を出した。
「あぁ、驚かせて悪かったな。俺達はボスの部下だ。で、俺はロマーリオ。これからもボスのこと、頼むぜ」
「え、あ。です。こちらこそ、よろしくお願いします」
一応自己紹介をしてはペコリと頭を下げた。
ロマーリオについてはも面識があった。初めて話をしたときも近くにいたし、ディーノに会っている時にもいた。おそらく右腕のような存在なのだろう。
「ホラ、ボス。音楽も変わったことだし嬢ちゃんと踊ってこいよ」
耳を澄ませばノリの良い音楽が聞こえてきた。
「じゃ、行くか、」
「はいっ」
笑って二人はキャンプファイアーの元へ走っていった。
ジリジリと肌に感じる炎の熱。
それが今ある事が現実だと示している。
嘘ではない。
夢でもない。
自分の隣りで笑う、
自分に笑顔を向けてくれている人が言ってくれた言葉。
左手の薬指にある確かな証。
一世一代の恋。
紛う方なくこれはそうだ。
十数年しか生きていないけどそう思う。
自分は確かに
この人と一緒にいたい。
この人と一緒に生きていたい。
そう感じている。
「ディーノさん、好きです」
「俺もだ、」
自分に向けられている大輪の向日葵をこれからもずっと傍で見ていたいのだ。
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