編み物をしています

高校一年




世の中にはブームというものがある。
世間で起こる流行現象。
本屋へ行けばその流行は一目で分かる。
あらゆる雑誌で特集を組まれ、それをまとめた本も出る。
そしてそれらはメディアを通じて更に広がる。
今年の流行は編物だ。
その流行の波は此処、並盛高校でも起こっていた。

「最近みんな編んでるね」

昼休み。
昼食も済んだ一時、ぐるりとクラスの中を見た友人が呟いた。
そしてその視線はの元で止まる。

「例に漏れず、か?」
「…まぁ…」

流行にさして興味を示さない彼女の一言には頷く。
の膝の上には一つの紙袋。そこから僅かに編み棒が顔を覗かせている。

ちゃんは誰かにあげるの?」
「聞くまでもないんじゃない?」

京子の言葉に花がクスクスと笑う。

「ディーノさんにあげたいな、と」

予測していた言葉に皆が『だよね』という表情をする。
しかし、答えたの声は心なしか小さめだ。

「結構進んでるの?」

京子が尋ねるとは小さく頷いて袋からマフラーを取り出した。

「わぁ、綺麗な色!ディーノさんに合いそう!」
「おぉ―。凄いな」

友人達が感嘆の声を零す。
複数の色で織り成されたそのマフラーはディーノの金色の髪が良く栄えそうな配色になっている。

「もうすぐ完成?」
「うん。そうなんだけど…」

花の問いかけに答えるの表情は暗い。

「なにか問題でも?」

友人が不思議そうに首を傾げて尋ねた。
色合いも良いし、綺麗に編みあがっている。
これといって問題があるとも思えないが。

「手編みのマフラーって…重くない?」

不安そうな表情では周りの友人達に尋ねた。

「全然重くないよ!こんなに軽い!」
「重量じゃない」

マフラーを持ち上げた向かいに座る友人の一言にの横からツッコミが入る。

「手編みが、ってことでしょ?」
「うん…」

天然のボケにツッコミが入ったところで花が尋ねた。

「付き合ってないのに手編みの物あげるのって、受ける側からしたら重くないかなって…」

言葉小さくは胸の内を語った。
つまるところ不安なのだ。
中学からこっち、度々連絡をとって、度々会っている。
それでも二人の関係は特別なものに発展していない。
その事実が今、マフラーを編むの不安を発生させているのだ。

「大丈夫だって!ディーノさん喜んでくれるよ」

京子がを励ます。

「そうかなぁ…」

じっとマフラーを見ながらが呟いた。

「そりゃ、貰えたら喜ぶんじゃね?」

隣りからかかる励ましの声。
旗から見ても仲が良いディーノと
気づいていないのは当人ばかりとはこのことなのだろうか。

「けどなぁ…」

そんな二人の励ましもあまり効果がないようだ。

「まぁ…私達は男じゃないからねぇ」

花はを見て言った。

「男と女の考えは違いがあるって言うし」
「あ、それなら聞いてみようよ」

花の言葉を受けて向かいからポンと手を叩く音と提案がかかる。
友人が目を向けた方向。
その視線の先にはツナと獄寺と山本。いつもの3人の姿があった。

「そうだね。聞いてみよう。獄寺の意見とか、参考になるんじゃない?」
「でしょ!早速聞きに行こう!」

二人の友人が移動を促す。

「「いってらっしゃーい」」

花と京子に見送られは席を立った。




「俺はー…嬉しいかな」

照れた様に笑って言うツナ。

「んなもん相手次第だろーが。
 興味ねー奴に貰ったってしょうがねーだろ」

ある意味真理をつく獄寺。
次は山本の番。は彼を見る。

「けどがあげるのってディーノさんだろ?」
「は?!」

山本の発言にが驚きの声を出した。

「違うのか?」
「…いや…」

の声が小さくなる。

「今更だろ」

ヤレヤレといった感じに獄寺が言う。

「なら大丈夫なんじゃね?見ず知らずの奴に貰うのって結構気ぃ使うけどさ。
 お互い知ってるなら問題ねーって」

へらっと笑って山本が言った。

「で、山本は?」
「ん?」

が尋ねると山本は自分を指差した。

「んー…嬉しいかな。仲良い奴なら尚更な」

山本はの問いに笑って答えた。

「とりあえず、編んでみりゃ良いじゃねーか」

獄寺がまとめにはいる。

「そうだよ。それに、相手がディーノさんなら、やっぱり喜んでくれると思う」

ツナが、うんうんと頷きながら言う。

「半端に放っとくより完成させろよ。無理ならテメーで使うか誰かにやりゃ良いだけだろうが」
「…分かった。とりあえず作ってみる」

3人の励ましによりの気分は上がったようだ。



それから数週間。
は編んでいたマフラーをついに完成させた。

「で?いつ渡すの?」
「今日」

花の問いかけにはサラリと答えた。

「え?クリスマスとかじゃないの?」
「うん」

京子の言葉には頷く。

「クリスマスにこっちに来れるかは分からないし…。
 それにイタリア人はクリスマスとかは家族で過ごすって獄寺に聞いたから。
 だから、逢える今日に渡す!」
「頑張れ!
「ディーノさん喜んでくれるよ!」
「うん!頑張る!」

友人達の励ましを受け、は力強く頷いた。




放課後。
はマフラーの入った紙袋を手に、ディーノの元へ走った。

!こっちだ」
「ディーノさんっ」

正門からやや離れたところに立っていたディーノがひらひらと手を振る。

「お待たせしました」
「俺も今着いたところだ」

何度も交わしているが、まるで待ち合わせをしていたカップルのような会話にの頬が僅かに赤くなる。

「今日は特に冷えるな。寒くないか?」
「はい、大丈夫です」

ディーノの心配には頷く。

「けど、が風邪引いても困るしな…何処か店に入るか?」

そう言ってきょろきょろとディーノは行く方向を探している。

「あの、ディーノさん」
「ん?」

が呼びかけるとディーノは直にを見た。

「えっと…これを」

そう言っては手にしていた紙袋をディーノに渡す。

「…?俺に?」

瞬きをしながらやや驚いた声を出した。

「最近、寒くなったから…」
「開けて良いか?」
「はい」

ディーノの問いにはゆっくり頷く。

ガサッ

「これ…っ!」

中身を見てディーノは驚いた表情で顔を上げた。

「あまり、上手くはないんですけど…」

ディーノに見られては思わず顔を逸らす。ディーノは袋からマフラーを取り出すと、自分の首にそれを巻く。

「ありがとな、。暖かい」

そう言ってディーノはふわっと太陽のように笑う。

「ほ、本当はクリスマスとかの方が良いかなとは思ったんですけど…。でも、イタリアの人はクリスマスは、家族の人と過ごすって獄寺が言ってたから、渡すなら早い方が良いかなって思って」

ディーノの笑顔に赤くなり、それを誤魔化すようには今日手渡した理由を言った。
それにクリスマスに逢えるかも分からない。
自分達はそう、所謂恋人ではないのだから『逢いたい』と素直に口にすることだって躊躇われる。
ディーノはイタリアに住んでいて、そして彼は大人だ。

「そっか…そんなことまで気にかけてくれたんだな…」

嬉しそうにディーノはを見る。

「凄く嬉しい」

そう言ったディーノには、やっぱり編んで良かったと思った。

「長めに作ってくれたんだな」

ディーノはマフラーの両端をそれぞれ持って軽く持ち上げる。

「はい。ディーノさん、背が高いから。
 長い方が似合うんじゃないかなって思ったんです」
「…」

ディーノは自分の首に巻いたマフラーをじっと見る。

「…」

その様子にやや不安を感じは声をかけるのを躊躇った。

、ちょっと良いか?」
「え?」

が頷くより先に、ディーノはマフラーを外し、の首に巻く。
何故かそれはマフラーの先端近い。

「ディーノさん?」
「苦しくないか?」
「あ、はい。大丈夫です」

ディーノの行動の意図が掴めないが尋ねられたことには素直に答えた。

「で、は俺の腕掴んでくれ」
「え?はい」

ドキドキしながらはディーノの腕に手を伸ばす。
その行動によってディーノとの距離はずっと近くなる。

「よっと」

ディーノは長いほうのマフラーを自分の首に巻いた。
二人で一本のマフラーを共有していることになる。

「今日は予定変更。いろいろ歩こうぜ」
「え?こ、この格好でですか?」

ディーノの提案には驚いた。
そして見上げると間近にあるディーノの顔。
それを意識した途端に、ぼっと顔が赤くなる。

「嫌か?」
「え、いえ、そういうわけでは…」

赤くなった顔を誤魔化すようにパッと視線を下げる。
嬉しいに決まってる。
だが自分達は恋人同士でもないのにディーノはそれで良いのだろうか、という不安があったのだ。

のマフラーを巻いてと歩く。俺は嬉しいけどな」
「あ。はい…」

弾む声と笑顔で言われたディーノの言葉には顔を更に赤くしながら頷いた。

「じゃ、まずは並盛商店街だな」

そう言って二人は商店街へ向けて歩き出した。

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