ごくごくあたり前ではないこと

大学三年




「ん」

講義を全て終え、学内を歩いていたら携帯が振動した。
足を止め、は携帯を見る。

「…わっ!」

差し出し人の名前を見ては驚いた。
そして、直ぐに表情が喜びに変わる。
相手は、現在世界を飛び回っている雲雀からだ。
その彼が並盛に戻って来て、迎えに行くから逢おうという内容だった。

「はっ!急がなきゃっ!」

我に帰って携帯を鞄に仕舞うと、
は急いで正門へと向かった。




「雲雀さんっ!」
「乗って」
「え?」

再会の挨拶もナシで、雲雀はにヘルメットを手渡した。
何時もなら挨拶はあるし、簡単な近況報告もある。
それなのに、今日は有無を言わさずヘルメットを渡された。

「早く」
「は、はいっ」

尋ねる間も、考える間もなく雲雀に急かされ、
はヘルメットを被ると雲雀の手を借りバイクに乗った。

「掴まって」
「わっ!!」

雲雀はの手を掴むと自分の腰へと回す。

「あ、あのっ、雲雀さん」
「行くよ」

あまりに急いている気がして、は理由を尋ねようと声をかけたが、
それは雲雀の声と続き轟いたバイクのエンジン音でで掻き消された。




「…家…?」

たどり着いたのは純和風の雲雀邸。

「そうだよ」

雲雀は短く答えながら、の手を引いてわき目も振らずに歩いていく。

「…」

はそんな雲雀の背を見ながら引かれるままについていった。
今の雲雀は尋ねても答えてくれそうにない雰囲気があった。
彼がこうも急いている理由を考えたいのだが、
手を繋いでいることがの思考を邪魔している。
何度も何度も雲雀と手を繋いだことはあるが、
それでも中々慣れることができないのだ。
今も、自分の手から発せられる熱の高さがそれを示している。




、其処に座って」

部屋に通され繋いだ手を解くと、雲雀は顔を向けて言った。

「は、はい。
 …え…?」

指示された場所を見て、が止まる。
其処には一枚の布団があった。
敷布団と、枕が一つ。
一組にすらなれてない布団が。

「どうしたの?早く」

一向に進む気配のないを見て雲雀が促す。

「あ、あの、雲雀さん。
 あそこに、座るんですか?」
「そうだよ」

尋ねるを雲雀は不思議そうな顔で見た。

「…早く」
「は、はいっ」

やや低くなった雲雀の声に、ドキリと心臓を鳴らせ、
は慌てて布団の上に正座した。
雲雀が何をしたいのか全く検討がつかない。
は正座をしながらただジッと膝の上に置いた自分の手を見ていた。
パタンと背後で襖が閉まる音がして、雲雀の足音が近づいてくる。

「別に、そんなに緊張しなくても良いのに」

の前に座りながら雲雀は軽く笑う。
そして、彼はネクタイに手をかけそれを引っ張り軽く緩める。

「雲雀さん?!」

は思わず声を上げた。

「逃げないで」
「えっ」

雲雀はへと手を伸ばす。

「そのまま」
「ひ、雲雀さんっ?!」

雲雀はの体を抱き寄せた。

「そのまま、じっとしてて」
「ですが…わっ」

雲雀に抱き締められている時点で、の緊張は頂点に
達しているのだが、雲雀は更にその抱き締めている手に力を込めた。

「あ、あの…」
「…」

動揺するを気に止めることなく、雲雀は深く深く息を吸った。

「……」
「…はい」

ゆっくりと息を吐きながら囁くように雲雀はの名を呼ぶ。


「は、はい」

ドキドキと心臓を鳴らしながら、は答える。

「…
「な、なんですか?」

何度も呼ばれることに違和感を感じ、は顔を赤くしながら尋ねた。

「うん、だ」
「え…?」

雲雀の言葉の意味が分からずは戸惑う。

「久し振りの…だ…」
「は、はい。お久し振りです」

戸惑いながらもは肯定した。
彼が言うとおり、互いが会ったのは久し振りだ。
世界を飛び回る雲雀と、大学生の
生活時間が全く違う二人だ。

「…逢いたかったよ」
「っ!!」

耳元で囁かれた言葉にの顔は更に赤くなる。

「雲雀さ…うわっ!」

名を呼ぼうとしたところで、の体が大きく傾く。

トサッ

雲雀はを抱き締めたまま倒れたのだ。

「ど、どうしたんですか…?」
「久し振りだと思ってね」

雲雀は何処か楽しそうな口ぶりでに答える。

「ずっと仕事続きでね。ちょっと僕に付き合ってよ」
「疲れて、いるんですか?」
「少しね…。
 此処にいてくれたら良いから…」

の言葉に雲雀はゆったりとした口調で答える。
僅かに顔を上げて、雲雀の表情を伺うが、
言われて見ればどことなく、疲れているような気がする。

「…」

瞼を閉じようとしている雲雀を見て、は、
これから雲雀が寝るのであれば、自分がいると邪魔になる
と思い、布団に手をついた。

「…何?」

起き上がろうとした彼女に気づいて、うっすらと瞼を開けて尋ねる。

「えっと…休まれるならいない方が…」
「僕がさっき何て言ったか聞いてた?」
「はい」

は素直に頷いた。

「なら此処にいなよ」
「ですが…っ」
「何?僕の腕枕じゃ不満なの?」
「いえ、それは…」

むしろ恐れ多いです。
は心の中で付け足した。

「君に逢うのも、こうやって君といるのも久し振りだからね」

雲雀はギュッとを自分の方へ引き寄せる。

「…スーツが、皺になりませんか?」

さらに抱き寄せられて自分の顔が雲雀の鎖骨辺り
に当たっていることにバクバクと心臓を鳴らしながらも、
視界に服とネクタイが入り、彼がスーツであることに改めて気がついた。

「大した問題じゃないよ」

の言葉を気にすることもなく、雲雀はの存在を確かめるように、
改めて抱きすくめると深く息を吸い込んだ。

「少し、眠らせて…」

雲雀は欠伸をひとつすると、瞼を閉じる。

「…はい…」

小さく返事をし、ドキドキと聞こえる雲雀の
心臓の音を聞きながらもゆっくりと瞼を閉じた。


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