もうひとつの証

二十七歳




「ただいま」
「おかえりなさい」

並盛町に新たな夫婦が誕生して幾日か。
帰ってきた雲雀をは慣れた言葉で出迎えた。
大学卒業から雲雀と共に行動してきたので、
彼に向ける出迎えの言葉も何百何千回言ったか知れない。
行動を共にし始めた時は、帰って来る雲雀に
『おかえりなさい』
その一言を言うのに恥ずかしさという苦労があったが、
今となっては懐かしい思い出だ。

「ただいま、

出迎えたに雲雀は軽く笑ってもう一度、言葉を投げかけた。

「…っ!」

は思わず息を飲む。
言い慣れた『おかえりなさい』に変わり、新たな難題が、を待ち受けていた。
『ただいま、』そう言った雲雀が求めているものは分かっている。
当然それは『おかえりなさい』だけではなくて…。
ドキドキと鳴る心臓を落ち着かせるためには小さく深呼吸した。
雲雀は黙ってその様子を見ている。


「…」

意を決したように、は雲雀に目を向けた。

「おかえりなさい。
 …恭弥さん」
「うん。ただいま」

ようやく返ってきた言葉に雲雀は満足そうに笑うと家へとあがった。



長い一日もようやく終わりを告げ、就寝前の穏やかな時間。
『寝る前の一杯』と日本酒ではなく日本茶を飲む雲雀に付き合い、もお茶を飲んでいた。

「そうだ」

ふと何かを思い出したように雲雀は湯呑を机に置いた。

「どうしたんですか?」

着物の袖を探る雲雀には首を傾げる。

「君に渡しておこうと思ってたんだ」

袖から目的の物を見つけたのか、雲雀はそれを机の上に置いた。

「これは?」

机に置かれたのは掌に乗る程度の小さな白い袋。

「これから使う機会が増えると思ってね」

そう言って置いたばかりの袋を雲雀は手に取り封を切った。

「手、出して」
「はい」

は手を器の形にして差し出す。
一方、雲雀は中の物を外からは見えない様に手中に収めていた。
一連の動きをジッと見ながらは首を傾げる。
雲雀がしようとしている事の意図が分からないのだ。

「即席で悪いんだけど…」

雲雀はの手の上に握り拳を作った手を伸ばす。

「これを、君に」

ゆっくりと雲雀の手から離れたそれがの手の上に落ちる。

「これは…」

透明な袋に入った円柱の形をしたそれ。
黒背景に白と金の桜が描かれている。

「…ん?」

袋の反対側に白い四角形の紙が見え、は引っくり返した。

「…あ!」

思わず声が零れる。そこには『雲雀』の文字が。

「君も雲雀になったからね」

驚くの反応に雲雀は笑みを浮かべながら言った。

「認印だけど。実印はもっとちゃんとしたのにするよ」
「あ、ありがとうございます!」

は嬉しそうに笑った。

「実は、ちょっとどうしようかなとは思っていたんです」
「そうなの?」

意外な言葉に雲雀は尋ねた。

「判子は必要だなとは思ってたんです。
 ただ、雲雀の姓はそうあるものではないので…。」
「君が行動に出る前に渡せて良かったよ」

雲雀はクスクスと笑う。

「既に持ってましたじゃ話にならないからね」
「そ、そんなことありません!
 2つあっても3つあっても問題ありません!」

雲雀の言葉には力強く答えた。

「大有りだよ」

ところが雲雀は、そう思わないようでの言葉を否定する。

「複数必要なのは認めるけど」
「じゃぁ…?」

真意が見えずは首を傾げた。

「最初は僕が渡したいんだよ」
「…えぇっ」

言葉を理解したの体温が上がる。

「さ、明日も早いし、そろそろ寝よう」

動揺するを見ながら雲雀は二人の湯呑を乗せたお盆を持ち、立ち上がった。

「行くよ」
「は、はいっ」

動揺するを促して、雲雀は歩き出した。



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