ままごと

二十一歳




「雲雀さん、お疲れさま……です?」

 部屋に戻ってきた雲雀に、は声を掛けたが、彼の腕の中にいる者に首をかしげた。
 彼の腕の中にいるのは、赤ん坊。赤ん坊と言っても、の知っている、赤ん坊らしくない赤ん坊ではなく、本物の赤ん坊。

「その子、どうしたんですか?」

 雲雀が持っている赤ん坊には見覚えがあった。
 今まで、幾度か会っているし、その両親とも知り合いだ。

「…………押し付けられた…………」

 雲雀は、如何にも不満だといった様子で、ムスッとした表情をして答える。それはどこか学生時代の彼を思い起こされた。
 赤ん坊を渡され、は慣れた様子で、あやす。
 どうやら、タイミングよく雲雀がいたらしく、この子の両親は二人っきりでデートするからと託されたらしい。
 この子の両親は、別に雲雀に預けなければ面倒を見る人間がいないわけではない。雲雀からすれば、部下にでも、屋敷のお手伝いにでも任せればいいものなのにと思ったことだろう。
 しかし、どうやら、雲雀のところに預ける案を出したのは、がこの子のことを気に入っているからとのことだ。

「夜には迎えに来るってさ」
「そうですか。夜まで私がママですよー」

 雲雀の言葉に相槌をうち、赤ん坊に笑いかける。すると、赤ん坊はキャッキャッと笑っている。

「可愛いー!」

 父親そっくりの髪の色で、並べてみると、きっと親子だとすぐに分かるだろう。父親があれだけかっこいいから、きっとこの子もかっこよく育つのだろうと思う。

「ずいぶんと、楽しそうだね」
「楽しいですよ、可愛いですし」

 雲雀は、特に何もせず、と赤ん坊を眺めていた。しかし、楽しそうにあやすに話かけた。
 話しかけたが、は相変わらず赤ん坊に夢中だ。よほど可愛くてしょうがないのか、彼女はメロメロだ。
 それが面白くないのか、雲雀は、の後ろから覆いかぶさるように覗き込む。

「ひ、雲雀さんっ!」
「何?」
「何って、近いです!」
「そう」

 近すぎて、は心臓が破裂しそうだ。
 心臓がバクバクというを気にかけず、雲雀は、赤ん坊を見る。見るというよりも、睨んでいるようでもある。
 しかし、雲雀に睨まれているにもかかわらず、相変わらず笑っている。このあたりは、父親にそっくりだと雲雀は思う。この子の父親も雲雀が睨んでも笑って、しかも、攻撃をしてもあっさりと流される。

「ねえ、
「っ! 耳元で話さないで下さいっ!」

 耳元で、低く囁かれ、の体温は上昇する。雲雀は、そういうの反応を面白がっているのだろうが、それをされる側はたまらない。
 距離を取る為に、その場から、逃げようとしたが、いつの間にか、雲雀の腕が腰に回っていた。気づかなかった時には、何も思わなかったが、気づいてしまうと、更に恥ずかしくなる。

「君、子供欲しいの?」

 の反応にもどこ吹く風で、話を進める。

「……いたらいいとは、思いますよ。可愛いですし」

 きっと、振り向くと雲雀の顔があるのだろう。出来るだけ、雲雀を意識せずに、振り向かないようにして答える。

「男と女、どっちがいいの?」
「そ、そうですねー」

 は意識しないようにすると、少しは落ち着いたのか、先ほどよりも心臓の鼓動はましになった。

「男の子かな、でも、女の子もいいけど。やっぱり男の子ですね。一人は寂しいから、二人がいいです」
「へえー。そう」
「それだけですか?」

 あっさりとした反応の、雲雀に、は、思わず振り向いた。雲雀がすごく近くにいることを、忘れてしまっていて、彼との距離がとてつもなく、近い。
 と雲雀との距離は、僅か数センチだ。

「何か、期待したの?」
「してませんっ!」

 真っ赤になって叫び、顔を背ける。
 雲雀は面白そうに笑っているのだろうな、と思った。
 すっと回されていた腕が離れると、の腕の中の重さが消えた。見ると、赤ん坊は雲雀が抱き上げていて、部屋から出るところだった。

「何やってるの。今から買い物にいくんでしょ」

 キョトンとするに、雲雀は振り向いて答える。
 雲雀がハンバーグが食べたいというから、が作ることになっていた。材料がないので、買い物についてきて下さいと頼んであったのだ。

「夜までなら、家族ごっごに付き合ってあげるよ」

 最初に、が自分のことを「ママ」だと言ったことを覚えていたらしい。が「ママ」なら、雲雀が「パパ」なのだろう。
 雲雀と家族……、想像できないが、でも、嬉しい。思わず、嬉しくて、口元が緩む。



 我に返り、慌てて雲雀を追いかけた。

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