手を伸ばして確かめる
二十一歳
コツコツッ
雲雀は机に置いた携帯を指で軽く二度叩いた。爪が当り、軽い音がする。
「…」
草壁は手にした書類を読み上げながらその様子を横目で見た。
彼が携帯を二度指で弾くのには意味がある。
パタタッ
クルクルと部屋を飛んでいたヒバードが携帯の横に着陸した。
そして、携帯を弾く雲雀を見て、弾かれている携帯を見て、嘴を伸ばす。
「…ダメだよ」
雲雀は柔かく言うと、携帯をヒバードから僅かに遠ざけた。
「ヒバリ?」
ヒバードは不思議そうに首を傾げる。
「嘴は堅いんだから」
雲雀がそういうと、ヒバードは携帯を見た。
「…ということですが、如何しますか?恭さん」
「任せる」
「へい」
雲雀の返答に草壁は頷く。
予想していただけあって、草壁の中にはこれからの仕事内容が走る。
コツコツッ
そんな草壁を他所に雲雀は携帯をまた二度指で叩いた。
「それでは、失礼します」
「うん」
雲雀に深く頭を下げて草壁は部屋を出る。
「か…」
草壁は携帯を二度叩く意味を知っている。
教えられたわけではないが、彼が携帯を二度叩く時は、
大概恋人のことを考えているし、その恋人に会うと、先の仕種はしなくなる。
平たく言うと、恋人成分不足、といったところだ。
「が来れば良いんだがな…」
草壁は歩きながらポツリと呟く。
雲雀の彼女であるは財団に自ら足を運ぶことはほぼないと言って良い。
そんなは今三回生となり、これから卒論や先の進路も視野にいれている頃だ。
とはいえ、このまま雲雀を放っていては仕事に支障が出かねない。
「…しかし…」
忙しいとはいえ、先月に会ったところだ。
十分交流をしたと思っていたのだが…。
その後が多忙だったため、足りなかったのだろうか、と草壁は思う。
「…」
草壁は携帯を取り出した。
「まだ早いが、まぁ、何とかなるだろう…」
そう言って電話帳から見慣れた番号を呼び出した。
「草壁先輩」
「来たか」
それから数十分経過した時、草壁はやってきた人物を出迎えた。
「えぇっと、これを渡すようにと言われたんですけど…」
やってきた人物はやや緊張した面持ちで、鞄から小さな封筒を一つ取り出した。
「そうか。なら案内する」
「えっ」
「なんだ?」
驚きの声を出され、草壁はその人物を見た。
「俺が預かって良いのか?」
草壁ははい、と右手を出す。
「えっ!いや、その…雲雀さんに、直接渡してくれと、山本君に言われました…」
「(山本グッジョブ!)なら行くぞ」
「…はい…」
草壁の言葉にやや顔を赤くして、その人物は頷いた。
「相変わらずだな、は」
エレベーターに乗りながら草壁はやってきた人物、に言う。
「え?」
「もっと頻繁に足を運んでもかまわないんだぞ。
こちらにいる期間については連絡が入っているだろう?」
「…ですが…」
は僅かに顔を伏せる。
「雲雀さんが此処にいる時は、その、なるべく休んでいただきたいので…。
せっかくのホームグラウンドにいるわけですから…」
「ホームグラウンドな…」
これだけ長く付き合っていて、雲雀が安らぐ場所として自分があることに
何故気付かないのだろうかと、草壁は不思議に思う。
本来であれば、こういった形で、が呼ばれて∞頼まれて@るというのは望ましくない。
可能であるなら自らに足を運んでもらいたいのが本音だ。
だが、彼女の性格上、それは難しいようだ…。
「…はぁ…」
草壁は小さく息を吐いた。
「先輩?」
「いや、何でもない。
…は恭さんに会いたくないのか?」
「えぇっ?!」
草壁から突如放たれた言葉には驚愕の表情を見せる。
「そんな…ことは…」
目線を逸らしつつ、顔を赤くしながらは呟く。
「ないなら来たらどうだ?恭さんも安心するだろうに」
「それはどうでしょうか」
はあまり間を置かずに返答した。
「皆にも似たようなことを言われましたが、
雲雀さんは群れが嫌いなので私がいては群れてます」
「…」
彼女の返答を聞きながら草壁は、
が自ら財団に足を運ぶ日は本当に遠いかもしれないと思った。
いっそ一緒になってくれたら助かるのだが…と。
この際、入籍でも同棲でも団員でも構わない。
そうこうしているうちに雲雀のいる部屋へと辿りついた。
コンコンッ
「何?」
無愛想な雲雀の声が届く。
「山本の使いで、がやってきました」
「通して」
間髪いれずに返事がくる。
カチャッ
「、入れ」
「え、あの、草壁先輩は…」
が心配そうに彼を見る。
言外に『同席するのでは?』とい言葉が見えたが草壁がそこでイエスと言うわけもなく。
「俺はまだ仕事がある。後は頼んだぞ」
「えっ!あのっ!」
「失礼します」
そう言って雲雀に頭を下げると動揺するを放置して扉を閉めた。
「よく来たね」
「…はい…」
笑みを見せる雲雀にの緊張は高まる。ドキドキと心臓が音を立てた。
「そ、そうだ。山本君からこれを預かってきました」
は手にしていた封筒を雲雀へと差し出す。
「竹寿司の新メニューだそうです」
「そう」
雲雀は封筒を受け取った。
「少し、待っていて」
「はい」
に了承を取ると、雲雀は机に置いてあるパソコンへと向かった。
カタカタとキーボードを叩く音と、カチカチとマウスの音が響く。
竹寿司の新メニューという名称で受け取ったそれは並大生かつ
雨の守護者である山本からのボンゴレの現状を伝える情報のひとつだ。
無論、それをが知るはずはない。
「…」
はその様子をじっと見ていた。
細くすらっとした手がしなやかに動く。
触れたい…。
「っ?!」
は自分の頭の中を過った言葉にギョッとした。
「どうしたの?」
「えっ!な、何でもありませんっ!」
雲雀に見られて、は顔を背けた。
「そう?もう少し待ってて」
「はいっ」
雲雀は一度首を傾げたが、再び作業に戻った。
「…」
は自分の前に組んだ手に力を込める。
自分は、一体何を考えているんだろうと思った。
だが、目にしている雲雀の手はとても綺麗なのだ。手だけではない。
座っている雲雀と立っている。やや見下ろす形になっているため、
整った顔立ちを見ることができる。
タンッ
「!!」
響いたキーボードを叩く音にははっとなった。
「さっきから…」
雲雀はパソコンから目を離し、を見上げる。
「ずっと見てるね」
「そ、そんなことはっ」
指摘されたことに、の顔が赤くなる。
「…触りたいの?」
「っ!!」
続けられた一言に、は一歩退いた。
「別に、かまわないのに」
そう言ってクスリと笑うと雲雀はマウスに乗せていた手をに向ける。
「そ、それは、できませんっ」
向けられた手を見てはぶんぶんと頭を振った。
「なんで?」
雲雀は尋ねながら席を立つ。
「その…雲雀さんは…」
「うん?」
は続く言葉を言おうかどうしようか考えていた。
こんなことを言ったら雲雀のリアクションを見ることが出来ない。
友人である、静や京に話した時も微妙そうな顔をされた。
「僕が、何?」
「えぇっと…」
雲雀は続く言葉を促すようにへと歩み寄る。
「雲雀さんは、その……神獣…なので……」
「…シンジュウ?」
とても小さな声で言われた表現に、雲雀の頭中では、漢字変換が出来ない。
シンジュウと聞いて出てくるのは『心中』『進中』『臣従』ぐらいだ。
あとは実は聞き間違いで『珍獣』あるいは『信州』だろう。
だが、どう転んでも『進中』と『信州』はない。
「その…神聖な…獣のような…」
「あぁ…神獣?」
「…はい…」
漢字変換ができ、頷く雲雀を見ながらは顔を俯けて頷いた。
きっと呆れているに違いない。そんな考えが頭を巡る。
「僕が神獣だから、触れないの?」
「は…はい…。なんだか、恐れ、多くて…」
「ふぅん」
雲雀は僅かに口許に弧を描いたが、それには気づかない。
「じゃぁ…」
雲雀は一歩に近づいた。
「…はい…」
トンッ
が一歩退くと、自分の腰に、先ほどまで雲雀がいた執務机が当った。
「僕が神獣だから君は触れないんだよね?」
「…は…はい…」
雲雀はを閉じ込めるように、執務机に両手をついた。
「あ。あの…雲雀さん…」
は自分の置かれている状況を理解して、可能な限り、
雲雀との距離を取ろうと身体を退け反らす。
「じゃぁ…その神獣が、君に触れるのは良いの?」
そう言って雲雀は自分の手をの手に重ねる。
「そ、それ…」
の言葉が途中で消える。
雲雀が、の口を封じたのである。
「ダメなの?」
唇を離した後、雲雀は笑みを見せて言った。
「そ、それは…」
は顔を真っ赤にして呟いた。
顔を覆いたいが、そのための両手は雲雀によって封じらていて、
顔を反らしても結局は雲雀に見られてしまう。
「困らせてるね」
雲雀はの表情を見てクスリと笑った。
「す、すみません…」
俯いては小さく謝った。
自分でも自覚はあった。今、困った表情をしていると。
だが、こればかりはどうしようもない。
そんなことを言われては、困る。
手を触れられて、時には抱き締められて、キスもされるが、
それだけでもいっぱいいっぱいだ。
自分の心臓が、音を立て過ぎて、
ショートしてしまうのではないかと、思うほどに。
「別に構わないよ。
君とこうやっていられるだけで、割りと満足している部分もあるし」
「そ、そうですか…?」
雲雀の言葉に、はやや驚いた。
「君といることに意味があるんだよ」
そう言って雲雀は柔かく笑った。
「ミヨ、ミヨ」
パタパタッ
羽音が聞こえ、が顔を上げると、部屋を旋回して、ヒバードが雲雀の頭に着陸した。
「君がくるとこの子も喜ぶからね」
「そ、そうでしょうか?」
雲雀と目を合わせられず、はヒバードを見ながら尋ねる。
「気付いてないの?君らしいね」
「そ、それは、どう言う意味ですか…?」
は僅かに雲雀を見る。
「鈍感なところも僕が気に入っているところってことだよ」
「っ!」
雲雀の一言にの体温が上がる。
「もちろん、勘が鋭くなってもかまわないけどね」
ふっと笑って雲雀はそう付け足した。
「久し振りに今日は少し遠出をしてご飯を食べに行こうか」
雲雀は重ねていた手を退けた。そして、の右手を掬うように左手に乗せる。
「雲雀さんっ」
キュッと繋がれた手にが動揺した。
「さぁ、行こうか」
有無を言わさず導かれて、は小さく頷いた。
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