甘い搭への計略

高校二年




『来て、見て、食べて下さい。秋のスウィーツフェア、パフェ祭開催中!』
「良いなぁ〜…」

CMを見ながらの口から言葉が零れる。
近所のファミレスで度々行われている期間限定のフェア。
今回はなんとスウィーツフェアだ。しかもパフェ。
ファミレスにしては質が良くて値段が手頃で有名なこの店は、
近隣の学生にはなくてはならない存在だ。
そしてもこのファミレスを友人達とよく利用している。

「どんなのがあるんだろう…」

期間限定と甘味の言葉に弱いはテレビを見ながらフェアへの思いを馳せた。



「…というのを見て行きたいなぁと思ってしまいました。
 期間限定とかに弱いんです」
「そう」

応接室で、は雲雀に日常会話を展開していた。
雲雀は風紀委員のファイルを見ながら短く返事をする。
いつもと変わらない光景だ。

「…なら行こうか」
「え?」

パタンと開いていたファイルを閉じると同時に雲雀が言う。
は思わず聞き返した。

「行きたいんでしょ?フェア」

そう言って革張りの椅子に掛けていた学ランを掴むと肩に羽織る。

「そんな!委員長はお忙しいと思うのでかまわないです!
 いつもの皆と行きますからっ」
「…」

雲雀を気遣ってのの発言だというのは分かっているのだが、
こうも否定する様に言われると雲雀もなんだか面白くない。

「僕じゃ力不足かい?」

思わず雲雀はを見て言葉が零れた。
それを聞いては驚いた表情をする。

「そんなことないです!」
「なら良いじゃない」
「…ホントに良いんですか?」

躊躇いながらが尋ねると雲雀がフッと笑う。

「甘い物は嫌いじゃないよ。
 まぁ、君が嫌なら行かないけど?」
「それはないですっ」

慌てては立ち上がる。

「君と寄り道するもの悪くない」

そう言って雲雀はの左手を手にとった。

「あ、あの!委員長!」
「行くよ」

こうして二人は並盛町へと繰り出した。
ファミレスに入った途端、禁煙席にいた客は全て喫煙席へと移動させ、
喫煙席を半分に区切り喫煙席、即席禁煙席を作り上げた。
もちろん、雲雀とが通されたのは本来の禁煙席だ。
ここに絶対不可侵区域が完成したのだ。

「委員長…良いんでしょうか?他のお客さんが…」

慌てて移動して行った禁煙席にいた客を思ってが尋ねる。

「良いんじゃない?皆同意の上なら問題ないよ。
 それにこれは店側がしたことだから」

当然こうならなければこの店の未来予想図は崩れることにはなるのだが。

「それに向こうもちゃんと喫煙と禁煙に分けてるよ」
「なら安心しました」

雲雀の言葉には笑顔を見せる。
話が落ちついたところで二人はメニューを開いた。

「…決まった?」
「いえ…」

メニューと睨めっこしているに雲雀が尋ねる。

「迷ってる?」
「…はい…」

は素直に頷いた。
流石にパフェ祭というだけあって、種類が多い。
チョコレートやストロベリーはもちろんのこと、ヨーグルト系、和風、ブルーベリー、栗、季節のフルーツ等など定番から季節ものまで目白押しだ。
期間限定という言葉に弱いではあるが、
それでも此処のパフェを全て食べたことがあるわけではない。
ましてやその期間限定、季節物の種類も多い。
それどころか、このパフェ祭りは通常メニューのパフェにもそれぞれ
アレンジが施されているという凝りっぷりだ。目移りしないわけがない。

「悩むなら僕が決めようか?」

雲雀は見かねて申し出る。

「…お願いします…」

これ以上雲雀を待たす訳にもいかないので、は項垂れる様に頭を下げた。
の返事を聞いて雲雀は目線を店員の方に向ける。
すると店長と思しき人物が足早に近づいてきた。そしてその場にしゃがむ。

「お決まりでしょうか」
「期間限定デラックスミックスパフェ」
「…?」

はメニューを見ながら、雲雀が言った物を探したが
そんな言葉はメニューの何処にも記載されていない。

「かしこまりました」

だが、オーダーをとりにきた店長と思しき人物は頷くと再び足早にその場を離れて行った。

「あの…委員長?」
「何?」

雲雀はメニューを閉じると所定の位置に置いた。

「今のはメニューにありませんでしたよ?」
「裏メニューだよ」

雲雀はなんともないように答える。

「初めて裏メニューの存在を生で聞きました!
 此処には裏メニューがあるんですね?」
「そう」

驚くに雲雀は肯定を示した。
当然、そんなものは今の今までなかった。
雲雀が言えばその時点で裏メニューという名の雲雀メニューが誕生するのである。
それが並盛における絶対権力者、雲雀の力だ。


「わぁっ!」

が感嘆の言葉を発する。
暫くした後、二人のテーブルに大きめの器に入ったパフェが届けられた。
ざっと見ても三人分ほどはありそうだ。

「よくやったね」

雲雀もパフェを見ながら感想を述べる。
届けられた『期間限定デラックスミックスパフェ』はその名の通り、
今回のパフェ祭で限定と銘打って出ていた栗やさつま芋、
季節のフルーツを惜しみなく使ったもので、いわば秋パフェである。
そしてそこに添えられる2つのスプーン。

「どう?」
「凄いです、委員長。
 これが裏メニューなんですね!」

ここぞとばかりに期間限定が詰め込まれたパフェを前にして
のテンションは上昇するばかりだ。

「好きなだけ食べなよ」
「委員長は食べないんですか?」

雲雀の言葉にが尋ねた。

「残った分だけで良いよ」
「それはいけません!委員長!」
「…」

珍しく強気に出たに、雲雀はやや驚いた顔く。

「パフェは楽しんで食べるものです!
 委員長もこの味を楽しんで下さいっ」

は置かれているスプーンを手に取るとズイっと雲雀に差し出した。

「…分かった」

結局雲雀が折れ、彼はスプーンを手に取った。
彼女の前では雲雀も弱くなってしまう。

「では交代交代で食べていきましょう。
 そしたら委員長も楽しめますし、私も楽しめます」
「…良いよ。なら君からね」
「分かりました」

雲雀の提案には頷きスプーンを差し入れ一口食べる。

「美味しい…っ」

の顔がパァッと明るくなる。
口に入れた瞬間に広がるほんのりと甘いさつま芋のクリーム。
バニラアイスとの相性も抜群だ。ほのかな甘さが逆に食欲をそそる。

「うん。悪くない」

約束通り雲雀もパフェを一口食べる。
パフェの頂点に乗っていたアイスは柿アイスだ。
それがさつま芋のクリームが絶妙な味のハーモニーを奏でている。
ファミレスに置いておくには惜しいほど、此処のシェフは頑張っているようだ。
こうしての提案通り、二人は交互にパフェを楽しんでいった。



「…」

パフェが最後の栗ゾーンに入って少したったところではあることを考えていた。
交互に食べていって問題となるのはやはり、どちらが最後の一口を食べるか、だ。
としては最初の一口を自分が食べたのだから、最後は雲雀が食べるべきだと考えていた。
彼女がそのことに気づいたのは栗ゾーンに入ってからなのだが、
雲雀の一口の量を計算しながら自分が食べるのは中々至難の業だ。
それでものシミュレーションではこのままいくと
雲雀が最後の一口を食べることになる。

「美味しいですね、委員長」
「そうだね」

始終ご機嫌のに雲雀も僅かに表情が和らぐ。

「あ。最後の一口は委員長ですね」

が一口食べて残量を見て言った。
そして同時に彼女は心の中でガッツポーズをする。
実際、器に残された分量はこれまで雲雀が食べてきた一口量に相当する。

『よくやった、私!』

は自分で自分を褒めた。
こうも上手くいくとは思っていなかったのだ。

「…はい」

雲雀は器用に残りをスプーンで掬うとの前に差し出した。

「食べなよ」
「…え…?」

続けられた言葉には呆気に取られる。

「…えぇっ?!」

が、事態を理解しては驚いた声を出した。

「最後の一口は僕の物なんでしょう?
 それなら僕がどうしようと僕の自由だよね?」

そう言って口の端を上げる。

「た、確かにそうですが!」
「ほら、溶けるよ」

の反論に雲雀はスプーンに乗ったパフェを見ながら急かす。

「それなら委員長が食べて下さいっ!」
「君が今すぐ食べれば済むことだよ」

一手二手先を読んで雲雀はの言葉を切り返す。
相手から差し出されてそれを食べるというこのシチュエーションは
完全に拒否の姿勢を示すか、勢いに任せて食べるか、素直に食べるのが定石で、
躊躇った方が恥ずかしさなどが上昇してしまうのだが、はそれに気付いていない。

「…
「!」

雲雀は口許に笑みを称えたまま名前を呼ぶ。

「最後の一口」

そう言ってフッと笑う。

「…っ!」

は思わず立ち上がった。

「?」

突然のの行動に雲雀は驚いた顔をしてを見上げる。

「い…いただきます…」

小声でそう告げるとはそのまま腰を折り、
雲雀から差し出されたスプーンを口に含み最後の一口を食べた。
そしてそのまま落ちる様にソファへと座る。

「…美味しかったかい?」
「…はい…」

は恥ずかしさのあまり顔を上げることが出来ない。

「それならいいよ」

雲雀が満足そうに笑ったことを彼女は知らない。



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