面と向かって言えない勇気

高校二年




カチカチカチカチ

「…」

携帯を程好いリズムで操作し、送信中の画面を雲雀は見つめる。
普段はメールをすることはない。
用件は大体電話だ。その方が便利だし、効率が良い。
メールなんて、送って相手が返信を打って、こちらに届くまでにタイムラグがある。
用事があるなら直接言えば良いし。大した用事ではないのなら会った時にすれば良い。
今日でなくて良いものは明日に回せば良い。
急ぐからこそ、この近代の文明の利器である携帯電話が本領を発揮するのだ。
そう、思っていた。ある一人を除いては。

「…早いね…」

受信したメールの宛先には名前が表示されていた。
 』それは雲雀が最も愛おしいと思う人の名前だ。



その日は、と帰る間際に副委員長である草壁から連絡があった。
並盛港で乱闘が起こっている、と。
傍迷惑なことに、その乱闘を起こしているのは並盛生ではなく、
隣り町の学生だという始末の悪さ。
他人に自分の町が荒らされるのは良しとしない。
良しとするつもりもない。
雲雀はを送ってから、と思い草壁に指示を出し、携帯を切った。
しかし、は自分のことは置いておいて現場に向かってくださいと言った。
もちろん、雲雀がそれを許すことはなく、上手く言い包めて、結局を家まで送った。
その後、並盛港で乱闘を起こしていた隣り町の生徒達を
両者とも壊滅状態にするべく向かったのだ。
先駆けて鎮圧にかかっていた他の風紀委員には目もくれず、
雲雀はトンファーを振るい事を収めた。
そして、後始末は任せ、暴れるだけ暴れた雲雀は帰路についた。


「…?」

彼は家につき、ベッドに携帯を放り投げた時、
初めて自分の携帯の一部が光りを点滅させていることに気がついた。
帰りはバイクに乗って帰っていたので、気がつかなかったのである。

カチッ

携帯を開くと、ディスプレイにメールの着信を示す、封筒の絵が表示されていた。

「?」

雲雀は数秒それを見つめて表情を僅かに変える。
メールをしない自分にメールが届いている。
雲雀はとりあえず、受信画面を開いた。

「……?」

雲雀から声が零れる。
送信者の名前には雲雀の恋人の名前だ。
彼女からメールを貰ったことはない、と言っても過言ではない。
それほどまでに少ないのだ。
雲雀はゆっくりとそのメールを開いた。
其処には、自分のことを気遣う文面が綴られていた。

「…」

やや驚いた表情の後、雲雀の口許に笑みが零れる。


「うわっ!」

は握り締めていた自分の携帯が振動したことに声をあげた。

「…」

心臓をドキドキと言わせながら携帯を見る。
ディスプレイにメール受信のアイコンがあった。

「…いや、もしかしたら笹川さんとか黒川さんかもしれないし…」

自分が送ったメールに対して、あわよくば雲雀から返信があるかもしれないと思い、
ずっと携帯を握っていたのだが、いざメールを受信すると、
そうかもしれないという期待と、違うだろうなという不安がの中で交錯する。
なんといっても、これまで雲雀としたメールといえば連絡事項のみだ。

「…」

は恐る恐る受信メールを呼び出す。

「っ!」

は瞬時に携帯を投げ、視界から消した。

「…」

自分の目を疑った。
期待が溢れすぎて自分で自分に幻覚を見せているのかと思った。
送信者の名前にはまさに、自分がメールを送った人物を示していたからだ。

「…よし…」

は何度か深呼吸を繰り返し、自分を落ち着かせると、再び携帯を操作し、受信メールを見た。

「…委員長だ、よね…」

マジマジと表示される送信者の名前を見る。
そして、意を決して決定ボタンを押し、メールを開いた。

『返信が遅くなったね。ちゃんと収まったよ。怪我もない。』

「…っ!」

綴られた文章を何度も読む。
雲雀が返信をくれたことが嬉しくて、その文章を自分の記憶に
焼き付けるようにはその文章を何度も読んだ。

「はっ!」

は気づき、携帯を指で操作した。
返信を貰ったからにはそれに対して返信を書かなくてはならない。
通常のメールであれば、自分の質問に対して答えが返ってきたのだから、
此処で終わっても良いと思う。しかし、相手はあの雲雀恭弥だ。
可能であれば、自分の番でメールは終わらせたくはない。終わらせることができない。
雲雀が、終わる意思を示し、終えてくれたら良いと思う。

「…」

は頭の中で文章を組み立て、メールを打つ。
完成した文章を読み不備がないかをきちんと考えてから、送信ボタンを押した。


「…」

カチカチと携帯を操作しながら、雲雀はあることに気がついた。

「…随分素直だね」

正直な感想だった。
受信されるメールに綴られている文章は、雲雀を気遣い、
無事を知って安堵する自分の感情ばかりだ。
普段、雲雀と話しているは中々自分への想いを口にしてくれない。
口にするには相当な勇気が必要なようで、それはまるで我慢比べのようだ。
ましてや自発的に言ってくれることなどまずない。
ほぼ常に周りからの力がある。
時には草壁だったり、時にはの友人達だったり、時には雲雀自身だったり。
言葉で追いかけ、逃げるに更に言葉で横道を防ぐ。
左に行こうとすれば左に立ち、右に行こうとすれば右に立つ。
そして促される目的地への一本の道。
そうしてやっと、初めては自分の想いを口にするのだ。
それが今、交信されているメールには促すより先にの想いが綴られている。
顔を合わさない、言葉が聞こえない、この機械の向こうに誰がいるかも分からない。
それなのに、それだけで、人はこうも自分の感情を話すことができるのだろうか…。
雲雀はに返信を打ちながら、不思議に思った。


「…」
受信中の雲雀のメールを見ながら、も不思議な感覚を味わっていた。
電話なら緊張してしょうがない。
自分の耳に直接届く声。
機械を介しているので、直接耳元で話をしているわけではない。
それは分かっているのに体中の血液が全速力で駆け巡り、
中心部にある心臓は常に悲鳴を上げている。直接話をしている時もそうだ。
姿を見て、動く口を見て、時々閉じられる瞼、そして自分を見る目。
考えるだけで体温が上がる。
それなのにメールだと不思議とそれがない。
いや、あるにはあるが、直接話をしている時の、比ではない。
文章は不思議だ。
文面を綴ることは不思議だ。
いつもより落ちついて自分の中に溶け込んできて、自分の想いが自然と零れていく。

『無事に終わりましたか?』
『怪我はありませんか?』
『心配していました。』
『無事で安心しました。』

綴る想いは普段、口にするには勇気がいる言葉達だ。
日常の何気ない会話をするのだって緊張する。
自分が自分の出来事を話している時はまだいい。
それに対して、雲雀がなにかリアクションを返してきたとき、
問い返してきた時、自分は答えるのに勇気を必要とする。
反応が返ってくるということは、多かれ少なかれ、善し悪しはあれど
自分が話した話題に興味を持ってくれたことに変わりはないのだ。
それが嬉しくて、それでも反応に対して答えなくてはいけなくて。
自分の中で理解して、答えを出すまでに時間がかかり、口にするには勇気がいる。
この言葉で興味が終わってしまうかもしれない。
飽きられてしまうかもしれない。そういう感情がグルグルとの中を走るのだ。
そして今、目の前にある雲雀からのメールに綴られている文章。

『君は、とても心配性だね。そんなに不安かい?』

「…」

はゆっくりと指で文字を選択していく。綴る想いは普段言えないものだ。
心配する理由も、不安になる理由も全ては一つの感情からくるものだ。

「…無理っ…」

は打っていた文章を消した。
いくら普段、勇気を要して言うことをメールだと比較的簡単に綴ることができたとしても、
この単語だけは無理だ。
好意を示すこの2文字は打つことすら勇気がいる。

「…」

それでも自分の感情を伝えたくて、普段言えない感情を伝えたくては携帯を再び操作した。



「…ワォ」

雲雀は驚いた。
だが、その声は嬉しいという感情が込められている。
目に見える文字達に好意を示す二文字の姿はない。
だが、込められている感情は好意を示す二文字に他ならない。
やや遠回りではあるが、それがちゃんと感じることができる。
やや遠回りといっても普段に比べたらそれはとても小さい回り道だ。

「これは、僕も応えなくちゃいけないね」

雲雀は軽く笑みを浮かべて呟く。
交わすメールの中にの素直な感情がいつもより出ている。
それならば、自分もそれに応えなければ失礼だ。
失礼、というよりは応えたいのだ。雲雀自身が。
今なら『珍しい』とか『らしくない』そういった不都合な事柄を全て
メールのせいにして、文章を綴ることのせいにして片付けられることが出来るから。
そう思い、雲雀は携帯を操作した。の想いに応えるために、自分の想いを伝えるために。


『そう言ってくれると嬉しいね。僕の日常には君がいないと意味がない。
 段々と、そう思うことが増えてきたよ。』


そして雲雀は一行空けて続けた。

『おやすみ。また明日。』

それはまるで言い逃げるかのような文章だったが、受信したは、
返信が出来ないほど、感情にゆとりがなくなったのはいうまでもない。
尚且つ、気がついていない事実。
これほど珍しく素直に感情を表現したメールを受信した雲雀と、
明日再び顔を合わせるということに。


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