赤ん坊と話しをした
高校三年
「ちゃおっす」
「ワォ。珍しい客人だね」
風紀財団に突如現れた人物に雲雀はやや驚いた顔をしつつもどこか嬉しそうだ。
「セキュリティを掻い潜るとはね」
「俺を誰だと思ってる」
「最強のヒットマン」
口の端を上げて雲雀は答えた。
「最近とはどうだ?」
世間話をするようにリボーンは尋ねる。
「彼女?受験勉強が大変みたいだけど、楽しくやってるようだよ」
「…情報は入ってきてるんだな」
「中々逢えないからね」
リボーンの言葉に雲雀は当事者ではないような答えを返した。
雲雀が並高を卒業してから一年が経とうとしている。
自分が卒業する時に思っていたとおり、財団を運営し始めてからは中々に逢えないでいた。
それでも情報は逐一入ってくるので、彼女が元気だというのはちゃんと分かっている。
いつもの仲間達とそれなりに楽しく過ごしているということも。
「の卒業の時はどうするんだ?」
リボーンが尋ねた。
この時期になってくると受験戦争の裏では卒業式の準備が教師達の間で始まっている。
「参加するよ。来賓で呼ばれるだろうし」
「そうじゃねぇだろ」
雲雀の言葉をリボーンが切り返す。
それを聞いて雲雀はクスリと笑う。
「言わないよ。彼女を財団に誘うつもりはない」
「…」
「今の時点ではね」
リボーンの反応に雲雀はそう付け足した。
「進路のことは知ってるでしょ?」
「あぁ。アイツ、並大に進学するって言ってたな」
雲雀の言葉にリボーンは頷く。
「…ホントは思っていたんだよ。
卒業したら僕の元に呼ぼうかなって」
「だろうな」
「…けど、あまりに楽しそうに話すから」
雲雀は進路の話をしているの姿を思い出した。
「いくら僕でも彼女の楽しみを奪う権利はない」
雲雀は目を閉じてそう呟く。
「…彼女が来たいと言ってくれたらいつでも歓迎するんだけどね」
「言わねーだろうな」
「僕もそう思うよ」
リボーンの言葉に同意を示す。
こちらから手を差し伸べると間を置いてから手を乗せるほどだ、
彼女からこちらに手を差し伸べることは中々ない。
あるとすれば、勢いと勇気と誰かの後押しが上手く揃った時だろうか。
雲雀は過去のの行動を思い出す。
時々、こちらが考えてもいない予想外な行動に出ることはあるが。
「彼女は…は大切にしているからね」
浮かんでくるのはと一緒にいるメンバーだ。
「ヒバリは群れるのが嫌いだからな」
「けど、僕はのそういうところも気に入ってるんだよ」
雲雀は軽く笑う。
「だから、迷わせたくはない、とも思ってる。
財団に誘うことと大学への進路。どちらかをとればどちらかが消える。
に告げて、彼女が僕を選ぶとは限らないからね」
自分と友人達を天秤に架けさせるような真似は彼女には出来ない。
迷うことも分かっているし、彼女がそれで苦しむことも分かっている。
何より、そんな表情をにさせたくないと思うのだ。
それほどまでに愛おしい存在なのだ。
「お前、相当のことが好きだな」
「…彼女に伝わってるか分からないけどね」
リボーンの言葉を否定することなく雲雀は答える。
あまり自分の感情を口にする方ではないので、
自分の、を想う感情が彼女に伝わっているのだろうかと思う時がある。
言葉は時々空回りをして、行動すらも時々空回りをすることがある。
足りない自分が原因なのか、彼女独特の思考回路がそうさせるのか。
の周りにいる友人達のサポートやフォローがなければ
成り立たなかったこともあるかもしれない。
それでも、差し出した手を彼女がとってくれるのだから、
多少なりとも伝わっていると信じたい。
「そういや、感情言ったことねーな」
「…そうだね」
雲雀はやや間を空けて答える。
「言わねーのか?」
「…どうかな」
手元に置かれたシャーペンを指でコロコロと動かしながら雲雀は呟いた。
「言わないから、時々不安定な形になるのかもしれない」
好意を示す感情を口にすることはこれまでなかった。
が言えば同意を示すことはしてきたが。
それが原因でちょっとした勘違いが発生したこともあった。
自分が以外の異性に感情が揺れることなんてないのに。
「けど…言ったら余計傍に置きたくなる。
感情を口にすることは認めることだよ。自覚を認識することだ」
雲雀はシャーペンを転がしている自分の指先を見ながら小さく話す。
「僕が言ってそれをが認めたら、僕は本当に彼女を傍に置く。
仮に彼女の友人達が引き止めたとしても関係ない。そう思ってしまうだろうね」
最も、の友人達は逆にの背を押しそうな気もするが。
「…だから言うとすれば、が僕と共にいることを選んでくれたその時だよ」
小さな決意を雲雀が話す。
リボーンはそれを見てに対する彼の感情の大きさを感じた。
を想う彼の感情は、彼が並盛を想う気持ち以上のものかもしれない。
「の奴、愛されてるな」
「気づいているかは分からないけどね」
コンコンッ
「何?」
「恭さん、そろそろお時間です」
扉越しに草壁の声が届く。
「あぁ…」
時計を見ると並高の下校時刻が迫っていた。
「の迎えか?」
「久しぶりに出かけるんだよ」
リボーンの言葉に雲雀が僅かに嬉しそうに答える。
「そうか。楽しめよ。ヒバリ、またな」
「うん」
挨拶を交わすとリボーンは窓からヒラリと飛び降りた。
「…楽しみだ」
久しぶりにと逢うのが楽しみでしょうがない。
自分を見つけた時に彼女が見せる表情が楽しみでしょうがない。
こんな感情を持ったのは本当にに出会ってからだ。
今までなら群れる草食動物や好敵手を見つけて咬み殺す楽しみぐらいだった。
と出会って随分自分も変わったものだと思う時がある。
「哲、準備は?」
「万事整えてあります」
「そう。なら後は任せたよ」
「へい」
草壁に見送られ、雲雀は盛大なエンジン音を響かせてのいる並高へとバイクを走らせた。
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