暑い日の涼
高校一年
リーン リーン リーン
応接室に高い音が響く。
「…」
雲雀は音の鳴る方向に目を向けた。
カーテンレールを利用して付けられた風鈴。
「…悪くないね」
雲雀は耳に響く音に軽く笑った。
これを貰ったのは今からちょうど一年くらい前だ。
その年は夏になる前から暑かった。
「…暑い…」
雲雀は見回りをしながら呟いた。
右肩上がりの不快指数によって雲雀の眉間に皺が出来る。
「さっさと夏が終われば良い」
「…応接室の冷房を入れたら良いではないですか?」
草壁は半ば呆れたように進言した。
「冷房を入れるのは開始時期が決まってる。
それは守るべきことだ」
並盛の鬼神と恐れられている雲雀は捕らわれない自由な印象が
強烈ではあるものの、従うべき規律にはきちんと守る部分がある。
「それにしても、今年の暑さは異常ですね」
「本当に…」
草壁の言葉を聞いているのかいないのか、
呟きながら雲雀はトンファーを構えた。
「ちょっとの群れでも咬み殺したくなる」
言うが早いか視界に捉えた集団へ向かって
雲雀は地面を蹴った。
「ぎゃーっ!!」
断末魔にもにた悲鳴が響いた。
「あ、あの…」
ひととおり咬み殺し、流れる汗を制服の袖で拭った。
「、どうした?」
「え?」
草壁の声に雲雀は顔を上げた。
草壁の後ろ姿とその向こうにの姿があった。
呼びかけの声が、自分の耳に入ってこなかった。
そんなことは基本的にまずない。
そこまで自分はこの暑さに意識が奪われているんだろうか。
雲雀は誰にも聞こえないように舌打ちをした。
「お、お疲れさまです」
「…どうしたの?」
自分の見回りはいつもどおりだが、は受験生だ。
並高は決して高い偏差値ではない。並盛という名に恥じない中堅高だ。
そうはいっても誰でも入れるわけではない。
の学力を疑うことはないが、この気温だ、
外にいるより屋内にいた方が幾分マシだろう。
「今日は、ちょっと息抜きで…。
友達と、出かけてました」
「そう」
答えながら雲雀はといつも一緒にいるメンバーを思い浮かべた。
この暑い中、まったくもって元気な話だ。
「それで、その…これを…」
「何?」
は小さな箱を持っている。
それが先ほどから気にはなっていた。
周りにその友人がいないということはおそらく『今日渡してこい』と
促されたのだろう。にそのテの自主性はあまりない。
勇気という名の心が前を用意する期間がいるのだ。少なくとも一日は。
それが今、出かけた足でこちらにきたというのであれば、
その友人達に背を押されたのだろう。
「少しは、涼しくなると思って…」
「…」
受け取った箱をゆっくりと開ける。
木箱の中には透明なガラス製の物。
「風鈴?」
「はい」
リーン リーン
取り出した弾みで音が鳴る。
とても高い、澄んだ音。
「学校はまだ冷房入ってないですよね?」
「うん」
「だから少しでも暑さが和らいだらと思って…」
「僕の為に?」
「…はい…」
雲雀の問いには小さくなりながら頷いた。
その顔が赤いのは見ずとも分かる。
僅かに見える耳が既に真っ赤だった。
リーン リーン リーン
響いた音に雲雀は我に返った。
頬を汗が伝う。
冷房はまだ入っていない応接室。
コンコンッ
「何?」
軽くノックされた扉へ問うとそれが僅かに開いた。
見えた姿は草壁。雲雀は彼が言う続きの言葉を頭に浮かべた。
「が来ました」
予想どうりの言葉に僅かに口角が上がる。
「通して」
「はっ」
少ししてがひょっこり姿を見せた。
「失礼します」
リーン リーン リーン
歓迎するように風が吹き、音が響く。
「…風鈴」
その音には顔を上げ、
風鈴を目に止めると笑顔を見せた。
「君が選んだ涼しさだ」
「…はい…」
雲雀の言葉には顔を赤くして頷いた。
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