編み物をしようと思います

高校一年




は作らないの?」
「え?」

机をくっつけて過ごしていた昼休み。
お弁当も食べた後の一時、前に座る友人の一言には首を傾げた。

「編み物。マフラーとか手袋とか。今流行ってんじゃん」

右前から補足するように言葉が続けられ、は『あぁ』と思った。
周りを見ると、確かに女の子達が編み物をしている。
これが今年の流行。雑誌やテレビでも特集を組まれている。

「日頃お世話になってる人とかこの子みたいに好きな相手に、とか」

花は机に編み物を広げている友人とを見て言った。

「あ。雲雀さんに?」

京子がパッと顔を明るくしてに尋ねる。

「無理無理無理!」

とんでもない言葉が隣りに座る京子から聞こえては扇風機の様に首を横に振った。

「でも世話になってて好きな人じゃないの?」
「そんな事ないよっ!」

花の言葉に慌ててそれを否定する。

「へー…図書室で作業やってるを雲雀さんはいつも待ってくれてるのに」
「それでもって一緒に帰ってくれるのに。が困ってたら助けてくれるし?」
「うぅ…」

向かいに座る二人が責めるように畳みかけてきた。
その両方を否定出来ない事実には唸る。

「折角だから作ってみたら?こんな機会そうそうないし。
 これ逃すと来年になっちゃうよ?」
「見回りの時とかあったらきっと嬉しいんじゃないの?」

京子が背中を押すように優しく言葉を紡ぎ、花も便乗してに言う。

「委員長…冬も学ラン羽織ってるだけだしなぁ…」
「今ならシーズンだから毛糸も安いし、編むのもそんなに難しくないよ」

話をしながらも編み進めていた友人が自分のマフラーを指差す。

「作って…みようかな…」

自分のマフラーを雲雀が受け取ってくれるかどうかは別として、冬に学ランを羽織っているだけの雲雀は寒くないのかという疑問は常に持っていたことだ。
万が一、貰ってくれないのであれば、自分で使っても良い。
時期的に見ても出来るのはひとつだけだろう。

「帰りに毛糸見に行ってみたら?
 雲雀さんに似合いそうな色が見つかるかもよ。
 私はまぁ、部活だから付き合えないけど…」

少し残念そうに言いながらも、友人はに提案した。

「うん。ちゃんさえ良かったら私達も一緒に行くよ?
 私もちょっと編みたくなっちゃった」
「買いたくなったらどれくらい必要とかってのも私が分かるし」
「見るだけでも行く価値はあるんじゃない?」

京子達や実際編んでいる友人も励ましてくれている。

「うん。行ってみる」

は決心したように頷いた。



その日の晩からはマフラーを編み始めた。
色は深紅。手芸店で毛糸を見た時に迷わず決めた。
雲雀には赤が良く似合う。

「えーっと、確か…」

友人から教わったことを思い出しながら少しずつ少しずつ編んでいく。
編み出すと集中して知らない間に睡眠時間を削ってしまうこともあった。
雲雀と帰っている時には気を付けようと思いつつも欠伸が我慢できない時がある。

「君、眠いの?」
「いえ、そんなことはないです。すみません」

かけられた雲雀の言葉には慌てて謝った。

「それなら良いけど…。ちゃんと寝てる?」

軽く屈んだ雲雀がの顔を覗き込むように尋ねる。
その声は僅かに心配の色を帯びていた。

「だ、大丈夫です!ちょっと本に夢中になってて」

ドキリと鳴った心臓の音を聞かれまいとは身を引いて答える。

「そう。けど、気をつけなよ。倒れたら困る」
「はい、すみません」

雲雀に心配をかけてしまった。
けど、その原因がバレなくて良かったとはひっそりと息を吐いた。


そしてそれから数週間後、ついにマフラーは完成した。

「で?いつ渡すの?」
「今日、かな」

花の質問には答える。

「クリスマスとかじゃなくて良いの?」

少し予想外だったの返答に京子が尋ねる。

「委員長にクリスマスとかなさそうだし。
 それなら早いほうが良いかなって。最近急に寒くなったし」

そう言っては天気予報で言われた最高気温を思い出した。
12月に入って間もないのに、既に10度を切っている。

「雲雀さん、喜んでくれると良いね」
「頑張れ」
「うん」

友人達に励まされ、は強く頷いた。




応接室。

「…」

目の前の書類を片付けながら雲雀は僅かに目線を動かした。
其処にはいつものようにソファに座ってが本を読んでいる。
だが、その表情がいつもより堅い気がする。雲雀は何となくそう思った。
しかし、今日一日を振り返っても特に自分との間に何かがあったわけではない。

「…」

結局答えが出ないまま雲雀はパタンとファイルを閉じた。

「終わったよ、帰ろうか」
「はい」

雲雀の言葉には顔を上げて頷いた。

「…」

帰る準備をしている雲雀を見ながらはどのタイミングで、マフラーを渡すべきなのか考えていた。
外に出てからでは多分遅い。かといって道中で歩きながら渡すのも変な話だ。
なら、後は玄関か此処で渡すべきだろう。

「どうしたの?」

動かないを不思議に思い、雲雀は声をかけた。

「あの、委員長っ」
「何?」
「今日は、普段より寒いとニュースで言っていました」
「そうだね」

の言葉に雲雀は頷きながら、日中に行った見回りを思い出した。
あまり気にかけたことはないが確かに肌に触れる風がいつもより冷たかった気がする。

「それがどうかしたの?」
「それで、ですね…」

雲雀の問いには紙袋を持つ手に力を込めた。

「これを、持ってきたんですっ」

は勢いよく紙袋を前に突き出した。

「僕に?」
「は、はいっ」
「…」

雲雀は紙袋を受け取ると何の前置きもなく開けた。

「あっ!」
「何?」

その行動に驚いては声を上げる。
すると、雲雀は不思議そうにを見た。

「僕にくれたんでしょ?」
「あ、はい…そうです…」

雲雀が貰ったのだからどのタイミングで雲雀が開けようとそれは貰った雲雀の自由である。

「…マフラー…」

袋から取り出した代物の名を雲雀が口にした。

「はいっ。あの、寒くなってきたので委員長が体調を崩さないための役に立てば良いなと思って。
 あ、でも不必要でしたらこちらで処…」
「展開が早い」

口早に話すの言葉を雲雀は止めた。

「僕に渡すものを他にどうこうするなんて許さないよ」

そう言って雲雀はマフラーを首に巻いた。

「これ…手編み…?」

首に巻き、間近にマフラーを見て雲雀が尋ねる。

「は、はいっ!えっと、卯月さんに便乗して、教えてもらいながら編みました。
 初めてなので上手くはないんですが、気に召さなければ返し…」
「だから展開が早いよ」

またしても否定形を想定してのの言葉に雲雀はストップをかける。

「これは僕の物」
「…はい…」

ジッと自分を見ながらそう言われ、は顔を赤くしながら頷いた。

「けど、驚いた」

雲雀はマフラーに触れながらに言う。

「まさかマフラーを編んでくれるとはね」
「…」

深紅のマフラーは自分が思っていたよりも雲雀によく似合う。はそう思った。

「悪くないね。暖まる」

マフラーに自分の頬を軽く擦って雲雀はを見た。
どうやら喜んでくれたようだ。の表情が和らぐ。

「帰ろうか」
「はいっ」

軽く笑みを浮かべて言った雲雀には強く頷いた。

「君、マフラーは?」

気温が下がったと言った本人があまり防寒をしていない。
それに気づいた雲雀は尋ねたがは首を横に振った。

「あ、私は大丈夫です」
「…そう…」

返事を聞きながら雲雀は考えるような表情をする。

「そうだ」
「え?」

思いついたように呟いた雲雀が手を伸ばした。
行動の意図が読めずは首を傾げる。

「あ、あのっ!委員長?!」

雲雀の伸ばした手がそっとの手に触れ包み込む。

「これなら寒くないでしょう?」
「え、えぇっと」
「寒いの?」
「そんなことは…っ」
「じゃぁ、良いじゃない」
「…は、はい…」

フッと笑う雲雀には赤くなった顔を誤魔化すように頷くことしか出来なかった。



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