打ち寄せる波に戸惑う想い
中学三年
頬を撫でる秋風が僅かに冬の色を帯びたこの季節。
辺りを照らす太陽は水面に姿を隠しつつあった。
「…寒くない?」
「はい、大丈夫です」
並盛海岸に一組の男女がやってきた。
中学3年のと、彼女の恋人である高校1年の雲雀。
通う学校は違えど、雲雀は放課後に並中を訪れ、
と共に下校していた。
その道すがら、会話の中に出てきた
『空気が澄んできて海が綺麗に見える時期』
というの一言を聞き、やって来たのだ。
そして今、夕日のオレンジ色を二人は全身に纏っている。
「…」
雲雀は砂浜をものともせず歩く。
件の海までは砂浜からやや距離があった。
「…?」
ふと、何かに気づいて雲雀は足を止めた。
「?」
恋人の名を呼びながら振り返る。
いつもなら聞こえるはずの彼女の
日常報告がいつのまにか聞こえなかったのだ。
「す、すみません。委員長…」
彼が目をやると、自分よりやや離れたところにがいる。
どうやら慣れない砂浜に足を取られているようだ。
夏に素足やビーチサンダルで砂浜を歩くのとは勝手が違う。
「…早く来なよ」
砂浜に戸惑う彼女を見ながら雲雀は声をかけた。
「は、はいっ」
慌てては足を踏み出す。
先程よりもやや上がった速度を確認して、
雲雀は再び前を向いた。
「…」
歩きながら、雲雀は聞こえてこない声に
何となくではあるが寂しさを覚えた。
先ほど振り返った時に見た自分との距離。
中々縮まらないその距離がもどかしい。
物質的な距離ではなくて、もっと違う別の距離。
中学3年の彼女と高校1年の自分。
縮まらない一年の差。一年の距離。
並盛にいるのだからその距離はどうとでもできる。
同じ学年になることはもとより、
同じ学年にすることさえきっとできるだろう。
それでも気がついた時には、
彼女と同じ学年になりたいと、思わなかった自分がいた。
彼女よりも上でありたいと、先輩という位置にありたいと思った。
同じ学年であれば、この縮まらない距離をもどかしく思うこともない。
それは十分に分かっているはずなのに。
「早く来なよ」
もう一度振り返って、雲雀は呟く。
言葉に乗せた気持ちはきっと彼女には届かない。
自分で決めた位置ではあるが、進学してから時々、
この空白の一年はどうにかならないものかと思うことがあった。
同じ並盛町なのだから逢えない距離ではない。
現に今も、一緒に帰っている。
それでも、日常で感じる欠落感を否定することはできない。
昼休みに、彼女は応接室へとやって来ない。
「委員ちょ、わっ!」
「…っ!」
近づいてきたを確認して、
顔を前へと戻そうとしたその視界の端に、
砂に足を取られ体が傾いたの姿が映った。
「危ないっ」
雲雀は体を反転させると急いでの元へと向かう。
そして、彼女を受けとめるために両手を差し出した。
「えぇっ?!」
は雲雀の行動に驚いて、その両手を掴まないよう、
自分の体に横の力を加え、体勢をずらした。
「なっ!」
その行動に今度は雲雀が驚いた。
は時に雲雀の予想を上回ることをする。
素直に彼の手を掴むことができないのは最早、彼女の性分に他ならない。
もちろんそれは、純粋に雲雀への好意から生まれる行動なのだが。
「つっ!」
雲雀はが傾いた方向へ地面を蹴り、手を伸ばす。
「わっ!!」
が驚いた声を出した。
雲雀はの片手を掴むと自分の方へと強く引き寄せる。
ドサッ
と彼女を抱きとめた雲雀はそのまま砂浜に倒れた。
「…怪我は?」
本来であれば、ちゃんと受けとめるはずだったのだが、
彼女の思わぬ行動に倒れてしまった。
そんな自分をやや情けないと思いながらも、
雲雀はに尋ねる。
「…?」
返事がないので、雲雀は腕に収まる恋人の肩を
トントンと軽く叩き、名を呼んだ。
「…うわぁっ!!」
が大声をあげて起き上がる。
「大丈夫そうだね」
その様子を見て、雲雀も起き上がった。
「す、すみません!委員長!怪我はありませんか?!」
その場に姿勢を正すとは慌てて雲雀に尋ねた。
「僕が尋ねてたんだけど?」
苦笑しながら雲雀はに言う。
「砂だけだね」
そう言って雲雀は立ち上がると、へ手を差し出した。
「…」
はおずおずと手を伸ばす。
未だ躊躇いは消えないものの、手を取ってくれるようになった
彼女の行動に雲雀の口許が綻ぶ。
「委員長、怪我はありませんか?」
「ないよ。君は?」
「大丈夫です…」
「そう」
雲雀はゆっくりとへと手を伸ばす。
「!!」
は思わず、目をつぶった。
「…砂がついてる」
そう言って雲雀はの髪を指で梳く。
パラパラと砂が零れる音が二人の間に落ちる。
は、じっと時が経つのを目を瞑って待っていた。
何度か髪を梳くと、雲雀はその手をの肩へ移した。
「あ、あのっ!委員長っ」
緊張しながらもは呼びかける。
雲雀は一旦手を止めて彼女を見た。
「何?」
「えっと…じ、自分で掃えるので…」
「だろうね」
そう答えるが、雲雀の手が止まることはなく、
止まっていた手は再び動き、の肩についた砂を掃う。
「…」
結局は雲雀の手を止めることができずに、ただじっと
自らの制服を握る手に力を込めていた。
「こんなものかな」
パンパンッと雲雀は自分の手についた砂を掃う。
「…あ、ありがとうございました」
「大したことじゃないよ。
それに、殆ど自分で掃ったじゃない」
顔を赤くしながら礼を言ったに、
何でもないことのように雲雀は答える。
さすがのも、肩から下に雲雀の手が移動した時は、
自分で砂を掃うと、自己主張をした。
その間に、雲雀は自分についた砂を手際よく掃った。
「」
「えっ!!」
名前を呼ぶと雲雀は彼女の手を取り繋ぐ。
「海、見るんでしょ?」
海岸まではあと半分だ。
もう少し歩かなければならない。
「あの、委員長…。
こ、これは…」
は繋がれた右手と雲雀を交互に見る。
「またこけたら困るからね」
意地悪く笑って雲雀はそう答えた。
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