草壁哲矢の非日常

中学二年




 その日、応接室に赴いたは、扉の前で草壁に迎えられた。

! よく来た!!」

 草壁にそう言って迎えられる日はたいてい何かある。

「お取り込み中ですか?」

 はすかさず回れ右で帰りたくなった。

「委員長は現在外出中だ」
「そうですか」

 雲雀がいないとなると、どういうことだろう。
 いつもならこの後に「お前しかいないんだ!」などという熱烈な言葉が続くのだが。

「来てくれ」

 やはり今日はいつもとは違う。
 草壁がに背を向けて歩き出した。いぶかりながらもはその後を追った。


 下校時刻なので、廊下は生徒の往来が激しい。
 草壁に遭遇した生徒達は全員ぴたりと口を閉じて頭を下げるので、後ろを歩くはひたすら居心地が悪かった。
 不自然にならないようにペースを落とし、草壁との距離をあけようと試みる。
 しかし、があけたスペースを通るものがいないので、おかしな空白地帯ができるだけだった。
 雲雀に頭を下げることに慣れている草壁だが、そこは風紀副委員長。下げられることにも慣れている。
 一般生徒の反応など日常茶飯事なのだろう。さして気にもとめずにを振り返る。

「どうした?」
「いえっ。すみません」

 遅れたように見せかけて、は小走りで距離をつめた。


「ここでいいだろう」

 そう言って草壁が足を止めたのは階段の踊り場だった。

「何があるんですか?」

 は草壁と並んで踊り場に設けられた窓の前に立った。

「もうすぐ委員長がお戻りになる」
「そうですか」

 学校を出た雲雀を応接室で待つことはたまにある。
 風紀委員長を務めているが、雲雀は不良とも言われている。
 サボっているのか、委員会活動をしているのか、にはその辺りの判断はつきかねた。
 しかし、雲雀を出迎えたことはこれまでなかった。
 もしかすると、雲雀は現在ものすごく機嫌が悪いのかもしれない。
 怒れる神を鎮めるためにも、並中帰還を出迎えようということなのか。

「委員長のお迎えですか?」

 しかし、雲雀は群れを見るのが嫌いだから、その場合はそっとしといたほうがいいような気がする。

「いや。そうじゃない」

 じゃあどうしたというのか。
 が改めて尋ねようとしたところで、草壁に腕を引っぱられた。

「見ろっ!!」

 いきなりしゃがまされて見ろと言われても困る。
 草壁を見ると、しゃがんだ状態で窓の外を見ていた。
 開け放たれた窓からリーゼントだけが突き出している。

「オレじゃない。外だ」

 リーゼントを見ていたに、草壁が外の一点を指した。
 姿勢を正して窓の外を見ようとすると、草壁に注意された。

「用心しろ! バレたらマズイぞ!!」

 状況把握ができないまま、は窓から顔だけ出して外を見た。

「委員長が帰ってきてますよ」

 眼下に広がるグラウンドでは、下校する生徒達が校門に向かう流れをつくっていた。その先が二つに分かれている。
 分岐点には、流れに逆らうように校舎に向かってくる雲雀がいた。

「それは分かっている」

 頷いた草壁だが、その後が続かない。
 草壁が何か言うのを待っていただが、すぐに痺れが切れた。

「あの。ここにいて、いいんですか?」

 応接室で待っていないと、戻ってきた雲雀に怒られそうだ。

はあの委員長を見て、何とも思わないのか!?」

 お前の目は節穴かと迫ってくる草壁に、は感想を口にした。

「……頭が、重そうですね」
「それだけかっ!?」
 
 ツナを髣髴とさせるツッコミに、は言葉を重ねた。

「肩が凝りそうだと思います」
っ!!」

 こちらの正気を疑うような草壁の叫びに、は思ったことを洗いざらいしゃべることにした。

「あのペンギン、すごくバランス感覚がよさそうですね。委員長が上手く乗せてるんでしょうか? ……でも、ペンギンって、水のないところでも大丈夫なんですか?」
「おかしいとは思わないのかッ!?」

 もはや泣きそうな草壁の様子はいつもの硬派ぶりが台無しだった。
 しかし、草壁はそんなことに構っていられなかった。
 なんとかして雲雀の頭上からあの鳥を排除しなければならない。
 草壁は強い使命感に溢れていた。
 それなのに切り札のはこの調子だ。
 雲雀の頭上にペンギンがいることをあっさり受け入れてしまっている。
 それどころか思いもよらないことまで言い出す始末だ。
 確かにヒバードぐらいならいいが、あの重量が始終頭にあると体に負担がかかるのも頷ける。
 やはりあのペンギンをそのままにしておくことはできない。
 本人にその自覚はないが、ペンギンに出会ってから、草壁は完全にいつものペースを崩されていた。
 のおかしな思考回路に毒されつつあるのがいい証拠だった。

「いいか、。オレが戻ってくるまで、委員長を引き止めておいてくれ」
「どこにですか?」

 応接室に入るのを引き止めるなら無理である。ダンプカーの走行を止めろと言われたようなものだ。
 だが、草壁が言いたいのはそうではなかった。

「応接室に決まっている。まだ帰るなよ」
「でも……」

 が帰らなくても、雲雀に帰るよと言われれば逆らいにくい。

「お前だけが頼りなんだ。頼む」

 ただならぬ草壁の様子に、自信がないながらもは承諾した。

「わかりました。頑張ります」

 草壁を見送ると、は雲雀に遅れをとらないよう急いで応接室に戻った。


「お疲れさまです」
「うん」

 ソファに座っていたは、読んでいた本から顔を上げて一人と一羽の様子を観察した。
 応接室に戻った雲雀はまっすぐ執務机に向かい、外出している間に増えた書類に目を通し始めた。
 雲雀が俯いて書類に目を落とした時には、頭上のペンギンが滑り落ちるのではないかとハラハラした。
 しかし、ペンギンは危なげなく雲雀の頭にとどまっている。 
 ペンギンの出現を受け入れてはいるが、とて驚いていないわけではない。
 けれど、被害者(?)の雲雀が何とも思ってなさそうなのに、が騒ぐのもおかしい気がするだけだ。
 
「何?」
 
 ふいに雲雀に声をかけられたは、ひっくり返った声を上げた。

「はぃ?」

 ペンギンから視線を落とすと、雲雀と目が合う。

「僕に言いたいことでもあるの?」
「いえ。ありません」

 雲雀に見つめられると上手く息ができなくなる。手を振って、絡まりそうな視線を外した。
 雲雀が書類に目を戻そうとしたので、は言葉を繋いだ。

「あっ、あの」

 再び雲雀と目が合いそうになったので、その上のペンギンの真っ白なお腹を見た。
 ペンギンはヒバードの何倍も大きいので、雲雀から目をそらすのにうってつけだった。

「ペンギンって、水がないところでも大丈夫なんでしょうか?」
 
 の持つペンギンのイメージは、氷上でぺたぺたと歩き、流氷浮かぶ海にどぼんと飛び込むというものだった。

「知らない」

 雲雀の返事は簡潔だった。

「私、図書室で調べてきます」

 困った時の本頼み。は応接室を出た。
 これで時間がかせげるはずだ。結果オーライでは草壁の願いを叶えられた。


 特に水を浴びる必要はなさそうだがエサは必要だろう。
 が図書室から戻りながら思案していたところ、応接室の前で戻ってきた草壁に会った。

「草壁先輩!!」
、委員長は?」
「中です」

 草壁は、“スーパー並盛”と印字されたビニル袋を提げていた。
 応接室に入って、草壁の後ろから顔を出したを見て雲雀が声をかけた。

「どうだったの?」

 雲雀もペンギンのことを気にしていたようだ。

「水がなくても大丈夫そうです。でも、エサはどうしましょう?」
「勝手に獲ってくるんじゃない?」

 放任主義の雲雀にすかさず草壁が前に出た。

「委員長、エサを用意しました」

 さすが雲雀の腹心である。引き止めろと頼まれたのは、このためだったのか。
 が感動している横で草壁には別の思惑があった。
 昼間は失敗してしまったが、今度は本物を用意した。いよいよ年貢の納め時だ。
 出会って数時間。草壁とペンギンとの間には探偵と怪盗のような確執が一方的に生まれていた。
 草壁はペンギンに視線を据えながら、ビニル袋をガサリと揺らした。
 雲雀はそれを見ても指一本動かそうとしない。まとう空気が勝手にすればいいと言っている。
 草壁はビニル袋に手を入れて魚を取り出した。もちろん代金は草壁のポケットマネーだ。
 魚特有の生臭い臭気が漂う。
 目の前の展開を見守っていたは、室内をそっと移動して窓を開けた。
 窓から入りこんだ風で部屋の空気の流れが変わった。
 大人しく雲雀の頭に乗っかっていたペンギンが頭を動かした。
 それを見た草壁は会心の笑みを浮かべた。
 ペンギンがエサを乞うように鳴いた。
 草壁は魚を揺らすがその場から動かない。おびき寄せるつもりだった。
 ペンギンは雲雀の頭上で体を揺らし、小さな羽根でぱたぱたと脇腹をたたくが、下りようとしない。
 焦れてきたペンギンを見て勝利を確信した草壁は、さらにペンギンを誘うべく、猫なで声を出した。

「ほ〜ら。上手い魚だぞ〜」

 肩を丸めて魚をちらつかせる草壁に副委員長の威厳はなく、ただの危ないヤンキーだった。

「うるさいよ」
「はっ。申しわけありません」

 雲雀に一蹴されると、スイッチが切り替わったように直立不動になる。
 草壁は黙って魚をちらつかせた。
 だがペンギンは我慢強かった。
 どれだけ魚に誘惑されようと、頑として雲雀の頭から下りなかった。
 しかし本能には逆らえないのか、興奮気味に体を揺らしている。

「君、じっとしてなよ」

 雲雀はエサを前にしたペンギンに酷なこと言う。
 はなかなかエサを食べさせてもらえないペンギンが可哀相になってきた。
 芸を仕込むにしては距離がありすぎるし、そういった気配もない。
 草壁が雲雀のところまで行って直接渡せばすむのに、さっきから一歩も動かない。
 不用意に雲雀に近づくのは確かに危険だが、ペンギンにエサをやるためなら群れることにはならないはずだ。
 ペンギンが動くと雲雀が書類に目を通せなくなる。
 そこでは閃いた。
 もしかして、ペンギンは雲雀から下りられなくなっているのかもしれない。
 猫が高い木に登って下りられなくなった話はよく聞く。
 ペンギンは泳げても空は飛べない。
 雲雀の頭から床まではかなりの距離がある。
 飛べない鳥にとっては絶壁に等しいのかも知れない。
 はペンギンと雲雀のために意を決して近づいた。

「委員長、あの……」

 問題は、紡錘形のボディにどう取り組むかだ。伸ばした腕を止めて考える。
 子供なら腕の下に手を入れればいいが、ペンギンだと羽根を折ってしまうかもしれない。
 かといってくびれのないボディでは滑りそうだ。
 こうなったら抱え込んで下から支えるしかない。雲雀にも協力してもらおう。
 思い込んだら一直線のは、雲雀にペンギンを下ろして欲しいと頼むことも、草壁の代わりにエサを持って行くことも思いつかなかった。

「すみません、ちょっと頭を下げてもらってもいいですか?」
 
 の恐れ多い発言に、草壁は現在の状況も忘れて、手にした魚を取り落とした。 
 
「なっ!?」
 
 いくらでも、言っていいことと悪いことがある。
 あの雲雀に向かって頭を下げろとは、いくらなんでも無茶が過ぎる。
 驚愕に目を見開いた草壁は、次の展開にさらなる衝撃を受けた。
 天上天下唯我独尊の我らが風紀委員長、雲雀恭弥が、自分より年下の女子に頭を下げたのだ。
 いかにもしょうがないといった感じで渋々だったが、間違いなく頭を下げていた。

「いっ、委員長……」

 草壁の動揺をよそに事態はさらに進行していく。
 落とされまいとしたペンギンが必死になって雲雀の頭にしがみついた。
 
「……ッ」
 
 雲雀の頭皮が心配になったは、さらに一歩近づいた。
 その途端、鋭い一撃で伸ばした手をはたかれて怯みそうになる。ペンギンが嫌がっているような声をあげた。
 よほど雲雀の頭を気に入っているのだろう。その気持ちは痛いほどわかる。何よりうらやましい。
 
「ごめんね。でも、ご飯があるから我慢して」

 通じないとわかっていても、声をかけないではいられなかった。
 腕を伸ばすが、高さが足りなかった。背伸びをしても、抱え込むのは難しい。

「委員長、もう少し下げてもらっていいですか?」

 は無意識に縋るような口調になっていた。

「……早くして」
 
 雲雀の頭がの胸近くまで下りてきた。平素ならパニックになっていたが、今は緊急事態だ。
 はさらに雲雀とペンギンに近づいた。
 一方、草壁は目にした光景に冷や汗ものだった。
 雲雀に頭を下げさせるだけでも信じがたいのに、さらに下げろと言うとは。そしてそれに素直に従う雲雀。
 一体なぜ、こんなことになったのだろう。ペンギンがエサを食べるのに、なぜ雲雀が頭を下げる必要があるのか。
 そもそもエサなど用意しなければよかったのか。ならば、雲雀に頭を下げさせた原因は草壁にある。

(申しわけありません!! 委員長ぉぉぉ――――――――――!!)

 心の中で絶叫した草壁は悔恨の渦に巻き込まれた。

「わっ!!」

 のほうは大苦戦だった。なかなかペンギンのボディを捕らえられない。
 しかし言い出したのはなので、このゴタゴタを一刻も早く収束させなければならない。雲雀だって、いつまでもこの姿勢でいるのはつらいだろう。
 覚悟を決めたは強引にペンギンを抱き寄せて、暴れる体を押さえ込んだ。動物特有の匂いが鼻をつく。

、離して」
「っ、すみません!」

 一緒に雲雀の頭も抱え込んでいたようで、ペンギンを落とさないように腕を緩めると雲雀が頭を上げた。
 雲雀の頭から引き剥がされたペンギンは、の腕の中でもがいていた。
 嘴を鳴らして左右に首を振る。制服のリボンに嘴が擦れた。突き刺さりそうで恐い。
 とペンギンの様子を見ていた雲雀が口を開いた。

「その子を傷つけたら許さないよ」

 恐ろしいほど静かな声音は迫力満点だった。
 硬直したペンギンを抱え直すと、震え始めた。

「はいッ!! 気をつけます」
 
 青くなったはペンギンを支える手に力を込めた。
 温もりを求めるようにペンギンを抱きしめると、寄り添ってきた。
 泣き出しそうなを見て、雲雀はしばし絶句した。

「……君じゃないから」
「えっ?」

 とペンギンが抱き合う様子に雲雀はムッとする。

「早く連れて行きなよ」
「はい」
 
 雲雀の嫉妬に気がつかないは、ようやく捕まえたペンギンを草壁のところまで運んだ。

「草壁先輩、連れてきました」

 驚いている草壁を見て、は泣きそうになったことも忘れて誇らしくなった。

「ほら、ご飯だよ」

 草壁の足元にペンギンを下ろした。

「あの、先輩?」

 反応のない草壁に、は再度声をかけた。草壁の手にはさっきまで持っていた魚がない。
 が床に落ちた魚を見つけると、ペンギンが器用に嘴ではさんだ。
 喉をそらせて飲み込む。おかわりというように一声鳴いた。
 その声に草壁は残りを与えた。
 には、草壁が動物園の飼育係に見えた。
 
 二匹三匹とビニル袋から魚を取り出すが、そう多くはない。すぐに尽きてしまった。
 全てを出し終えたと見るや、ペンギンは執務机に戻った。
 椅子の足元までくると、雲雀を見上げた。
 視線に気づいた雲雀がペンギンを見下ろす。
 と草壁が固唾を飲んで見守るなか、ペンギンが動いた。
 頭を下げて前傾姿勢になると、机の下にもぐりこんだ。
 ペンギンが見えなくなると、雲雀は書類に目を戻した。
 ほっと一息ついたは隣の草壁を見上げた。

「よかったですね」

 に声をかけられ、草壁は我に返った。

「い、いや。オレはそんなつもりじゃ……」

 最初はエサでおびき寄せて雲雀から引き離すつもりだった。
 それなのに、雛のように口を開けて待っているペンギンを見ていると、いつのまにかエサやりに夢中になっていた。
 草壁VSペンギンの第二ラウンドもペンギンの勝利だった。

「いつまでここにいるつもりだい? 副委員長」

 棘そのもののような雲雀の声に顔を上げると、嫉妬を含んだ視線が突き刺さった。

「失礼しました。仕事に戻ります」

 草壁は逃げるようにして応接室を後にした。
 

「そろそろ帰ろうか」

 夕暮れの光が応接室に忍び寄る頃、顔を上げた雲雀がを見た。

「はい」

 は読みかけの本を閉じると鞄にしまいこんでソファから立ち上がった。
 雲雀の後ろをペンギンがついて来る。
 それを確認してからは歩き出した。
 
 
 放課後のざわめきもとうに絶えていた。
 場所が場所だけに人気もあまりない。その廊下に二つの足音が響いている。
 ひとつは当然、のもの。そしてもうひとつは、先頭の雲雀としんがりのの間で、懸命に短い足を動かす黒ペンギンだった。
 雲雀からは全く足音がしない。
 体の両脇についた羽根を振ってバランスを取りつつ、短い足を動かして歩くペンギンはなんとも言えず愛らしい。
 としては、雲雀にもう少しゆっくり歩いて欲しいが、それを口にすることはできない。
 そこでは、ペンギンを追い越さないようにゆっくり歩いた。
 
 二人と一羽がようやく階段に辿り着いた。そこでペンギンに試練が立ちはだかった。
 どうあってもその足と胴体で階段を下りることはできない。
 ペンギンが立ち止まるも、雲雀はどんどん下りていく。
 がハラハラしながら見守っていると、階段を見下ろしたペンギンが首をかしげた。
 数秒後、ペンギンは頭を起こすと一声鳴いた。
 雲雀が立ち止まる。上を見上げて一言。

「君、早く下りなよ」
 
 それを聞いては泣きそうになった。
 もちろん雲雀はに対して言ったのだが、には雲雀とペンギンの構図しか見えていない。
 そこではペンギンの横を通って数段下りた。
 振り返ってペンギンと目を合わせる。

「おいで」

 はペンギンに向かって両腕を広げた。
 ペンギンはしばらくじっとしていたが、の意図が伝わったのか、不恰好に羽根をばたつかせて腕の中に飛び込んできた。
 ペンギンを抱えていては下が見えないので、は慎重に階段を下りていく。
 踊り場で雲雀が待っていた。
 雲雀はの胸に抱かれたペンギンをじっと見下ろした。ペンギンも表情なく雲雀を見返す。
 は、ペンギンと雲雀の両方を見た。

「貸して」

 雲雀がからペンギンを奪い、頭上に乗せた。
 元通り雲雀の頭上におさまったペンギンを見上げて、は顔をほころばせた。

「この子にあわせてたら、帰るのがいつになるか分からないからね」
 
 そう言うと雲雀はさっさと歩き出した。
 後ろから見ると、雲雀もペンギンも真っ黒だ。まるで夕陽に伸びた影のようだった。


「委員長は鳥に好かれますね」
「興味ないよ」

 眠そうな声で雲雀が答える。

「そういえば、ヒバードはどこに行ったんでしょうか?」

 ペンギンのインパクトが強すぎて忘れていたが、ずっとヒバードの姿を見ていない。

「知らない」
「そうですか……」

 少し心配だが、ヒバードならきっと雲雀のもとに帰ってくるだろう。
 気持ちをきりかえて、雲雀の頭上のペンギンを見やる。 

「そのペンギン、どうしましょう?」

 の家ではペンギンは飼えない。

「どうするって?」
「今日の寝る場所とかです」
「心配なの?」
「はい」
 
 はとっくに情が移っているが、雲雀はどうなのだろう。

「迷子として風紀委員会で預かっておくよ」
「いいんですか?」
「そう言ってる」
 
 雲雀が面倒を見てくれるなら安心だ。
 風紀委員会ならペンギンを抱え込むくらいお手のものだろう。

「よろしくお願いします」


 翌朝。
 校門前に風紀委員が並んでいた。恒例の服装検査だ。
 威圧感たっぷりの列から、に気づいた草壁が飛び出してきた。

!!」
「おはようございます」

 のんびり朝の挨拶をするに、草壁が泣きそうな顔でつめ寄った。。

「あれは一体どういうことだ!?」

 草壁の示す先には雲雀がいた。

「ヒバード! ちゃんと帰ってきたんですね」

 そこにヒバードを見つけたは安堵の息をついた。

「そこじゃない!! よく見ろ!」

 に鋭いツッコミを入れた草壁は雲雀の頭上を指した。

「トーテムポールみたいですね」
 
 雲雀の頭上には例の黒ペンギンがでんと乗っかっており、ヒバードはそのペンギンの頭の上にいた。

「ミードーリ タナービクー ナーミーモーリーノー……」

 恐怖の服装検査に息をつめて登校する生徒の頭上で、ヒバードが歌う校歌が高らかに響く。
 ペンギンの存在に生徒達は一人残らず気づいたが、それを口にしたり、目を凝らす者は一人もいなかった。
 周囲のざわめきも意に介さず、雲雀は眠そうな目で大きなあくびを漏らしている。


「オレは、オレは一体どうすれば……」
「委員長の頭は、鳥にとって安心できる巣みたいなものかもしれませんね。ふわふわしてるし」

 苦悩する草壁の隣でが的外れな慰めを口にする。
 の隣に立っている草壁に気づいた雲雀がトンファーを構えるのは三秒後のことだった。


 数日後、草壁に朗報が訪れた。

「副委員長! たった今入手した情報によると、先日、並盛動物園へ向かう途中のペンギンが一羽行方不明になったそうです」
 
 報告を聞いた草壁の目の色が変わった。

「それは確かか?」
「はい。裏もとれています」
「なぜこんなに報告が遅れたんだ?」
「それが、担当者が上層部に秘密裏で捜索して、失態が露見しないように今まで粘っていたようです」
「それでも見つからないから、ついに上にバレたのか」
「どうやらそのようです」
「よしッ。ただちに委員長にお知らせしろ!」
 
 雲雀に報告に向かった委員がいなくなったところで、草壁はついにガッツポーズを決めた。



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