王子様

中学二年




 いつものように、応接室に行くと、そこには、ソファーに座る雲雀の姿……ではなく、どこかで見たことのある、金髪外国人のお兄さんが座っていた。
 彼はここの生徒ではないし、先生でもない。祝勝会にはいたから、きっとツナの知り合いだろうが、ここにいるのは問題だ。
 校内に部外者が入ってくるだけでも、雲雀は気に入らないだろうし、その上、応接室のソファーに座っているのを見つけたら、この青年は確実に雲雀に咬み殺されるだろう。

「あの……ここは、応接室なんですけど、応接室じゃなくて……」

 そっと、声をかけると、金髪のお兄さんはしばらくを見て、何かを思い出したように手を打った。

「ああ! かっ!」
「え?」

 何故彼が、自分の名前を知っているのだろうか? 確かに、祝勝会では会ったが、その時に自己紹介はしていない。

「ひょっとして、沢田君から聞いたんですか?」

 ツナが、彼と交流があることは聞いていた。だから、ツナから聞いたのだろうと思ったのだが。

「いや、確かにツナからも話は聞いてたんだけどよ。のことは、恭弥からよく聞いてたからさ」
「委員長から?」

 この人と雲雀は、どういう関係なのだろうか。そう思うと同時に、雲雀が自分のことを、どんな風に言っているのかが気になる。

「俺は、恭弥の家庭教師で、ディーノな」
「委員長の家庭教師……」

 並盛の教師陣でさえ、雲雀を恐れているのに、ディーノはさして気にした様子はない。それどころか、雲雀のことを、下の名前で呼び捨てだ。
 このディーノという青年は、一体何者なのだろうか。ツナは、青年実業家っぽいことを言っていたが。

「しっかし、恭弥も男だったんだな。こんなに可愛い子を傍に置くなんてな」

 にっこりと笑顔で言われた言葉に、は思わず赤くなる。さすが外国人、言い方がストレートだ。

「ここで口説かないでくれる」

 聞き覚えのある低い声と共に、の前に誰かが立っていた。声と同時に、ガキンッという音が響く。
 とディーノの間に立っているのは、この応接室の主、雲雀恭弥。

「あっぶねー」

 常人であれば、きっと防げなかっただろう雲雀の攻撃を、ディーノは鞭で防いでいる。

「イキナリはねーだろう、恭弥」
「…………あなたが、こんなところで口説いてるのが悪いんだよ。風紀が乱れる」
「……ヤキモチか」

 雲雀に睨まれても、ディーノは笑顔を崩さず、それどころか、楽しそうに笑っている。

「うるさい。何しに来たの。用がないなら、早く校内から出て行ってよ」
「用はあるぜ。でも、折角来たんだから、歓迎してくれてもいいだろ」

 ディーノの言葉に、はツナに用があるのだろうと思った。
 現在彼は、絶賛補習中だ。

「なら、他のところで待ってなよ。それとも、用事の相手が来るまで、僕の相手をしてくれるの」

 そうとう機嫌の悪い雲雀は、トンファーをディーノに突きつけたまま言う。
 ディーノはトンファーを弾き、両手を挙げる。

「今日は勘弁してくれよ。また今度相手してやるから」

 雲雀は、興味を失ったとばかりに、椅子に座り、書類整理を始めた。
 は、どうしていいのか分からず、雲雀とディーノの双方をキョロキョロと見ている。

「えっと……」

 は、とりあえず、ディーノにお茶を入れることにした。雲雀の知り合いで、雲雀もこれ以上は追い出そうとはしていない。ならば、ディーノは客だ。

「ディーノさん、どうぞ」
「grazie」(ありがとう)

 ディーノの笑顔を見て、は、お伽噺に出てくる王子様のようだと思った。

「もう、時間だよ」

 雲雀の声に、とディーノは時計を見た。もう、そろそろ補習の終わる時間だ。

「じゃあ、俺は行くよ。邪魔したな、恭弥」

 立ち上がり、ドアのところで立ち止まる。

「実は、今日の本当の目的は、ツナ達じゃねえんだ」

 ディーノが雲雀を見て言うと、雲雀はさっさと帰れという視線でディーノを睨む。
 その様子をみて、ディーノは楽しそうに笑っている。

「Io venni ad incontrare la Sua principessa.」(お前のお姫様に会いに来たんだ。)

 イタリア語で言われた為に、はディーノが何を言ったのいか分からなかった。
 雲雀は分かったのか、分からなかったのか、眉間に皺を寄せている。

「またな」

 ヒラヒラと手を振りながら、ディーノは応接室を出て行った。
 ドアが閉まると、雲雀は書類を置き、さっきまでディーノが座っていたソファーに座る。そして、隣に座るようにに促した。
 言われるまま雲雀の隣に腰掛ける。

「ディーノさんって、王子様みたいですね」
「君、あの人みたいな人がいいの」

 の言葉に、僅かながら、雲雀の機嫌が悪くなった。

「違いますよ! おとぎ話に出てくる王子様みたいじゃないですか。金髪で外国人だから、イメージそのものって感じだと思いますよ」
「……ふ〜ん」

 雲雀は、興味なさ気に呟くと、コテンッとの肩に頭を置く。

「僕は少し寝る。時間になったら起こして」

 そういうと、もう雲雀は目を閉じて、眠っていた。
 動くこともできず、急なことで、固まってしまったは。どうしたものかと思った。
 寝てるとはいえ、雲雀との距離が近い。時間になったらということは、いつも帰るくらいの時間までということだろう。
 それまで、あと三〇分くらいある。それまで心臓が持つだろうか……。
 は先ほどの会話を思い出した。
 ディーノはおとぎ話に出てくる王子様そのものだが、あくまで、それは、がもつイメージの話だ。
 そして、にとってみれば、雲雀こそが王子様だ。さっきも、雲雀に、「私の王子様は委員長です!」と言いたかったが、さすがに勇気が出なかった。
 雲雀が王子様なら、がお姫様、とは言わないが、雲雀の隣にはいたい。だから、お姫様が叶わないなら、お供でもいいとさえ思った。
 チラリと雲雀を見て、寝てることを確認する。
 そして、誰にも聞こえないくらいの声で呟く。

「……わ、私にとっては、委員長が王子様ですよ……」

 口に出してしまって、誰も聞いてないのに、恥ずかしくなった。誰も聞いてないのに、恥ずかしいのだから、雲雀の前でなんてやはり言えない。
 赤くなって、熱くなった顔を隠すように、両手で顔を隠す。

「……言うんじゃなかった……」

 なんだか、大それたことを言ってしまった気がする。でも、雲雀が寝ていてよかったとつくづく思う。起きていたら、言ってはいないが。
 いつの間にか時間が過ぎていて、後数分で雲雀を起こす時間になる。それまでに、熱が冷めてればいいなと思った。
 雲雀の口元が弧を描いたのには気づかず。

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