二人っきり

中学二年




 今まで、これほどこの姿見を見たことはない。というくらい、は朝から頻繁に姿見を見ていた。
 どこか変ではないだろうか。これでいいだろうかと、何度も見ては考える、の繰り返し。
 姿見から視線を外し、時計を見ると、約束の時間は過ぎてしまっていた。

「あー! もう時間っ!」

 きっと、あの人はもう来てる。これ以上待たせるわけにはいかない。
 は、慌ててバッグを掴み部屋を出ようとする。
 が、ドアの近くで、忘れ物をしたことに気づき戻る。

「これは、忘れちゃ駄目だよね」

 机の上に置いてあった、紫とピンク色のハートのリングをチェーンに通し首にかけた。
 今度こそ急がなければと、は、バタバタと階段を駆け下りる。

「遅いよ」
「すみません……」

 玄関のドアを開けると、予想通り雲雀が着いていた。
 本来なら、雲雀の私服姿にトキメクはずだが、待たせて申し訳ないという気持ちが強く、そのことまで意識が行かなかった。
 それ以前に、こうやって、まるでデートのような――実際はデートなのだが――会話ができること自体、にとっては、信じられないことでもあった。




――金曜日の帰り、の家の前。
 いつものように、雲雀と家まで一緒に帰った。の家に着くと、そこで雲雀とは別れる。
 本来、雲雀の家までは、の家の前を通らなくてもいい。しかし、雲雀としては、できるだけ彼女と一緒にいたいし、変な輩に目を付けられた時、自分がいなくて、彼女が傷付くのはいやだった。
 だから、を家まで送り届けてから、帰ることにしていた。
 もちろん、は最初、雲雀に悪いから、構わないと言っていたが、通り道だから、と言えば、は家まで送ることを承諾した。
 ということで、この日もは雲雀に家まで送ってもらった。

「日曜迎えに行くから、家の前でいなよ」
「え?」
「遅れたら咬み殺すよ」

 そう言うと、雲雀は、踵を返す。
 しかし、一歩踏み出した時、何かを思い出したらしく、頭だけ振り返って、一言だけ、言い残していった。

「ああ、それと、スカートは駄目だよ」

 何がなんだか分からず、は、しばらく家の前で、立っていた。そして、ぼーっとしつつ、自分の部屋に上がりながら、考えた。
 今日は、金曜。日曜というと、明後日。
 家に雲雀が来るから、待っていろというようなことを言われ、尚且つ、スカートは駄目だと。
 ということは……。

「い、委員長と、出かけるってことっ?!」




 そんなことがあり、今に至る。
 に用事があるかないかなど聞かず、既に決定のみを言い渡された。
 幸いに用事は無かったから、問題も無いかに思えた。
 しかし、雲雀と出かけるのだから、おかしな格好ではいけない。
 できるだけ、おしゃれしたいというのが乙女ゴコロだろう。

 何を着ていこうかと、頭を悩ませた。結果、無難にジーンズにしたが、それでも、できるだけ! と思うと、金曜の夜から、ずっと組み合わせを考えていた。
 だから、ギリギリまで、変な所はないかと何度も姿見を見ていて、時間に少し遅れてしまったのだ。

「はい」
「え?」

 が受け取ったのは、ヘルメット。
 さっきは、慌てていて、気が付かなかったが、雲雀の後ろには、バイクがあった。
 バイクの種類には詳しくないが、車体に『SUZUKI』と書いてあるのは読み取れた。でも、種類までは分からない。テレビのコマーシャルなんかでも聞くから、それが、そのバイクの会社の名前ということは分かる。
 種類は分からないが、デザインはカッコイイと思った。

「何やってるの?」

 声を掛けられ、我に返ると、雲雀は既にバイクに跨っていた。

「早く乗りなよ」

 と、後ろのシートに促される。
 ここで、ようやっと、雲雀がスカートでは駄目だと言った意味が分かった。スカートではとてもバイクには乗れない。

「…………君、死にたいの?」
「いえ、そういうわけでは……」

 バイクになんて、乗ったことがないから、は、どう乗ろうか困った。
 とりあえず、ドラマとか、マンガを思い出して、ヘルメットを付けて、後ろのシートに座った。
 ドラマやマンガでは、運転手の腰に抱きついていたが、とてもじゃないが、雲雀にはできない。
 雲雀の背中が目の前にある、というだけで、ドキドキしてしょうがないのに、抱きつくなんて……。
 そう思い、前のシートの後ろ側を掴んでいたら、雲雀に呆れられてしまった。

「い、委員長っ?!」
 どうしようかと、迷っていると、雲雀に手首を掴まれ、驚いて、叫んでしまった。

「手、組んで」

 掴まれた手首は、雲雀にされるがままに、引っ張られ、彼に抱きつく体勢となった。
 そして、腰よりも、少し高く、胸の下くらいで、両手を組む。
 は、心臓がバクバク言って、殆ど、雲雀が言うのに無意識に従っている。

「ちゃんと掴まっておきなよ」

 雲雀がいうと、エンジンがかかり、すぐに走りだした。
 こんな密着具合は耐えられないと、軽く、あまり引っ付かないようにしていようと思っていた。
 しかし、思っていた以上に、バイクの速度は速くて、は、落とされてはいけないと、雲雀にぎゅっとしがみ付く。
 ヘルメットをしているし、風の音で、あまり周りの音は聞こえない。
 でも、前にいる雲雀のことは、抱きついてしまっているから、居るのが分かる。そうなると、まるで、二人っきりになったように感じてしまい、尚のこと恥ずかしくなる。
 きっと、今のの顔は真っ赤に違いない。
 恥ずかしくて、は、見られるわけもないのに、見られないように、顔を隠すように、雲雀に抱きつく力を強めた。


 運転中の、雲雀の口元が、とても嬉しそうで楽しそうに、弧を描いているのを見たものは、誰もいなかった。

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