二重唱

中学一年




 どこの吹奏楽部でも、コンクール前にもなれば、皆必死で練習する。特に強豪であれば、コンクールの優勝を目指し、毎日必死に練習をするだろう。
 だが、並中吹奏楽部には、コンクール以上に必死に、文字通り、命をかけて練習しなければいけない曲がある。少しでも間違おうものなら、後で、恐ろしいことが待っているのだ。
 曲のタイトルは、『並盛中学校校歌』だ。
 たかが校歌だと侮るなかれ、並盛の秩序である、風紀委員の長、雲雀恭弥。彼が愛してやまない並盛中の校歌であるわけで、その校歌を間違えば、後でお呼び出しがある。
 一音くらい分からないだろう、なんて思うだろうが、本当に一音でも間違えば呼び出されるのだ。
 きっと、並中の吹奏楽部の演奏で、一番素晴らしい演奏が出来るのは、この校歌だろう。
 そして、現在、体育館では、運動部の壮行会が行われていた。
 この壮行会でも、校歌が演奏され、生徒は歌わなければならない。

「あ、いたっ!」

 演奏準備をしている吹奏楽部の集団に視線を向け、は友人を見つけた。
 友人は、吹奏楽部で、トランペットを担当していた。友人が演奏するということで、その演奏が聞けることを密かに楽しみにしていたのだ。
 指揮者がタクトを構えると、吹奏楽部の部員達は、一斉に、楽器を構える。タクトが振り下ろされ、前奏が始まった。
 緑たなびく 並盛の 大なく小なく並がいい 
 そして、全校生徒による、合唱が始まった。声の小さい大きいはあれども、歌っていない生徒はいない。
 一名を除いて。
 は、吹奏楽の演奏を聞きながら、友人のトランペットの音を聞き分けようとしていた。トランペットの音は分かるが、そのどれが友人のモノなのかとなると、かなり難しい。普通の人間にどのトランペットの音なのかは分かるはずもない。しかし、トランペットの音が聞こえると、この音のどれかが、友人が吹いているのだな、と思っていた。
 そして、演奏に聞き入りすぎて、全く、歌っていなかった。
 全校生徒となると、かなりの人数がいるので、が歌っていないことが、分かるはずもない。
 しかし、全校生徒が歌う様子を、体育館の二階から、見下ろしている生徒がいて、その生徒がじっとを見ていたことは、彼女は気付いていなかった。



 壮行会が終わり、教室に戻るなり、嬉しそうに、は友人に話しかける。

ー」

 入り口にいたクラスメイトに呼ばれ、そちらに行くと、学ラン姿の生徒がいた。

「委員長がお呼びです。応接室へ」

 を呼びに来たのは、副委員長。これは、嫌な予感がすると思い、教室にいる友人を見た。
 友人は、「頑張れ!」とばかりに手を振っている。
 付いてきて、と頼もうかと思ったが、頼んでも無駄だろう。きっとついてきてはくれない。
 それは、を呼び出した相手が怖いというわけではなく、別に理由。というか、人の恋路を邪魔するやつは〜っというやつだ。
 何を言われるんだろうかと、不安に思っている間に、は、応接室に着いた。それまでの間に、副委員長である草壁に、何の用なのか知っているかと聞いたが、答えてくれなかった。

「委員長…………お呼びですか……?」

 恐る恐る応接室に入る。
 雲雀は、応接室の窓に腰掛けていて、応接室のソファーを指差した。に座るように促しているのだろう。
 促されるまま、はソファーに腰掛ける。応接室のソファーは質のいいもので、座るとふわんとしたが、そんなことを感じている余裕はにはない。

「君……朝、歌ってなかったでしょ」
「え?」
「壮行会のことだよ」
「……あっ……」

 思い当たることがあり、は小さく声を上げた。

「どうして、歌ってなかったの」
「えっと、それは…………」

 言いよどんでいると、雲雀に軽く睨まれた。

「友人の、演奏を、聞くのに、夢中に、なってました……」

 最後の方は、声も小さくなり、多分雲雀には聞こえていないだろう。

「へぇ」
「う、歌いたくなくて、歌わなかったわけじゃないんですっ! 歌うのを忘れてた、だけで……。すみませんっ!」
「そう……」

 必死に弁解してみるが、雲雀に見つめられると、固まってしまう。

「なら、ここで歌ってよ」
「ええっ!」

 は思わず声を上げた。

「ここで歌ったら、壮行会で歌わなかったことを許してあげるよ。それとも、咬み殺されたいの?」

 雲雀の前で歌うのは、かなり恥ずかしい。だけど、咬み殺されるのも嫌だ。となると、どちらがマシかということになる。  それ以前に、非はの方にある。忘れていたとはいえ、歌わなければいけない時に歌わなかったのだ。は仕方なく歌うことを選んだ。

「み〜ど〜り〜、たな〜びく〜、並盛の〜」
「聞こえない」

 恥ずかしくて、小さめの声で歌えば、雲雀にダメ出しされる。

「もっと大きな声で歌いなよ」
「む、無理です……」

 恥ずかしさで、泣きそうになりつつも、反論してみると、雲雀は珍しく溜息を吐いた。ひょっとしたら、呆れているのかもしれない。
 そして、雲雀は窓から降り、が座っているソファーの前の、テーブルに腰掛けた。
 テーブルに腰掛けるのは、行儀がいいことではないが、雲雀がすると、様になってカッコイイななどとは思った。

「続き」
「は、はい! …………だ〜いな〜く、小〜な〜く、並で〜いい〜」

 正面に雲雀が座っているので、恥ずかしくて、目を合わせないように、目を閉じて歌うことにした。
 出きるだけ雲雀が聞いているという事実を意識しないように、歌う。

「あ〜さつ〜ゆ〜、かが〜やく〜、並盛の〜」

 とうとう二番に入ってしまった。この調子だと、全部歌わなければならないのかもしれない。

「「へ〜いへ〜い、ぼん〜ぼん〜、並でいい〜」」

 すると途中から、意外の声が入って来た。少し低めの声は確実に男性のモノ。
 は思わず目を開けると、雲雀が歌っていた。
 雲雀が歌うところなんて、今まで見たことがなかったから、はその声に聞き惚れていた。
 さらに、歌う雲雀が綺麗で、見惚れてもいた。

「何見てるの、最後まで歌わないと帰さないよ」

 聞き惚れ、見惚れ過ぎていたため、は歌が止まっていて、それを雲雀に指摘された。
 も慌てて歌を再開する。
 相変わらず緊張するし、恥ずかしいが、雲雀とこうやって歌えるなんて、夢みたいだとも思う。
 雲雀と一緒に歌っているということで、先ほどよりも、気分が上がり、の声は若干弾んでいた。


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