特別な……
中学1年
授業が終わり、は応接室に向かった。しかし、いるだろうと思っていた、部屋の主である雲雀はいなかった。応接室に鍵はかかっていなかったから、少し外へ出ているだけかもしれない。風紀の仕事中ということもある。
主がいないなら、帰ってしまってもよいものだが、それはできなかった。別段重要な用事があるわけではないが、以前雲雀がいないからと帰ると、雲雀に怒られた。
声を荒げて怒るのではなく、静かに怒る。それはかなり怖いのだ。あの端正な顔でそれをされると、迫力は増す。
急いで帰らなければいけないわけでもないから、本でも読んで待っていようと、はソファーに鞄を置いた。
「あれ?」
雲雀がいつも使っている机に見慣れないモノが置いてあることに気付いた。桜色のペーパーでラッピングされた箱が二つ。正方形と長方形の箱。どちらも、明らかにプレゼントだと分かるそれは、雲雀の机で目立っていた。
は、そっと机に近づき、眺める。
ただし、ソレを手に取ることはしない。机の上の物は、きっと雲雀が仕事をしやすいように配置してあるだろう。それを変えてしまうようなことは絶対にしない。
箱の周りには、メッセージカードらしき物はない。誰かに贈られた物か、それとも誰かに贈る物か。
前者は、ないだろうと思う。雲雀に贈るにしては、ラッピングが可愛すぎる。そうなると、必然的に、後者ということになる。
いったい誰に贈るつもりなのだろう。
そう考えて、今日がホワイトデーだと思い出した。
もバレンタインデーには雲雀にチョコは渡した。告白をするつもりはなかったのだが、本命しか受け取らないと雲雀に言われ、流れ的に告白してしまったのだ。
しかし、告白したものの、雲雀からの返事は、ない。
可愛らしくラッピングされた箱をみながら、このプレゼントを貰える女の子が羨ましいと思った。
同時に、やっぱり、自分は雲雀にはふさわしくないんだろうな、とちょっと悲しくもなった。
「誰なんだろう……」
このプレゼントを貰える幸福な人は。
「君だよ」
突然聞こえた声に、は驚いて振り返る。のすぐ後ろに雲雀は居た。いつの間に戻っていたらしいが、は全く気付かなかった。雲雀はの真後ろ。かなり近い位置にいるのに、気配なんて感じなかった。
雲雀はの横から、手を伸ばし、箱を取る。
雲雀との距離は、触れるか触れないかというくらい近い。そのせいで、は顔が熱くなるのを感じた。
「はい」
「え?」
雲雀は、取った箱をに差し出した。
「贈る相手は君だって、言ったと思うけど」
「ほ、本当ですかっ!」
「この間のチョコのお礼だよ」
自分に贈られるものだとは露ほども思っていなかったから、とても驚いた。しかし、同時に嬉しくも思う。
「あ、あの委員長。開けても、いいですか?」
「好きにしなよ」
は、ワクワクしつつ、さっそくラッピングを解く。
桜色のラッピングを解くと、中から黒い真四角の箱が出てきた。
これは……。どうみても……。でも……。まさか……。
混乱と期待で、はなかなか箱が開けられない。
そんなに焦れたのか、雲雀は、彼女の手から箱を取る。箱を開けると、中身だけ取出し、箱には用がないとばかりに捨てられ、床に転がる。
「あ、あの、委員長!」
の言葉には、耳を貸さず、彼女の左手をとる。雲雀の手が触れた瞬間、は固まってしまい、動けない。
慌て、照れて赤くなるとは対照的に、雲雀は表情を変えず、の指に箱の中身――指輪――をはめる。
雲雀と触れた手が熱くなる。いつもなら、思わず手を引っ込めていたところだろうが、あまりに驚きすぎて、引っ込めることもできなかった。
そして、呆けたように、は自分の指をみる。
薬指には、紫に近いピンクと白のハート型の石が付いた指輪が光っている。
「それ、着けなかったら、咬み殺すよ」
「で、でも、校則違反じゃ……」
「なら、あの箱の中の物に通せばいい」
雲雀は、もう一個の長方形の箱を指した。
慌ててそれを開けると、中には銀色のチェーンが入っていた。これに指輪を通せば、ネックレスのようにでき、隠すこともできる。
「僕といるときは、指につけなよ」
「はいっ! 肌身離さず着けます!」
若干噛みあってない会話だが、本人たちにはあまり関係がないようだ。
は、ずっと指輪をみているし、雲雀は、指輪をみているをみている。そちらもとても嬉しそうで幸せそうだ。
「ねえ、」
呼ばれて、は顔を上げた。すると右手首をつかまれ、引っ張られた。
一歩、踏み出したので、倒れ込むことは無かったが、雲雀との距離が近くなる。
「僕は、好意を持っていない相手なんかに、贈物はしないよ」
耳元でそう告げられ、一瞬、の思考が停止する。
「、帰るよ」
我に返り、雲雀をみると、彼は出口で待っていて、見たことも無いほど優しく微笑んでいた。
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