特別な日
中学一年
群れるのも、群れているのを見るのも気に入らなかったはずの、並盛中風紀委員長、雲雀恭弥が、ある女生徒といつも下校を共にいているのは、周知の事実。
相変わらず、群れているのをみると、愛用のトンファーで絞めているが、雲雀が、その女生徒と一緒にいる時であれば、見逃してくれる時があるとかないとか。だからといって、その女生徒と一緒にいる時に、復讐をしようものなら、睨まれただけで殺されそうな殺気を放たれ、後日きっちりとお返しがくるらしい。
だから、皆思っている。「あの、雲雀恭弥が、彼女にゾッコンである」と。
「で? はあげないの?」
「何を?」
明日はバレンタイデーだということで、と花や京子を含む女子達数名は、明日どうするか話していた。
その流れとしての、先ほどの質問だったのだが、には全く通じていなかったらしく、キョトンとして返す。
「だーかーらー。チョコだって。話の流れで分かれ」
の返答にその場の友人達は脱力し、同時に呆れたように言う。
「え、皆であげようって話じゃないの?」
「義理チョコの話じゃなくて、本命の話をしてるのよ」
「本命っ!」
花の言葉に、は思わず声を上げる。
「で、は雲雀さんにあげないの?」
「な、何でっ!」
「何でって……」
の言葉に、皆は再び呆れる。
しかし、見ているだけだった京子が思わぬ爆弾を落とした。
「ちゃん。付き合ってるのにあげないの?」
「誰がっ?」
「ちゃんが」
「誰と?」
「雲雀さんと」
「違うからっ! 私、委員長と付き合ってないからっ!」
全力で否定するをみて、その場にいた全員が、雲雀さんが可哀想だと少し同情してしまった。
だが、真っ赤になって否定するあたり、全く否定しきれていない。
「でも、雲雀さんのこと好きなんだよね?」
「えっ! えっと、その。」
「じゃあ、嫌いなの?」
「そんなことはないよっ!」
友人の問いに、はっきりしなかっただが、杏子の言葉はすぐさま否定した。
「じゃあ、あげなよ」
「なんで、そういう結論になるのっ!」
「そうか、は雲雀さんにチョコあげたくないんだ」
「そういうわけじゃ、なくて……」
「ちゃんがあげたら、雲雀さん喜んでくれると思うよ?」
この言葉に回りの全員が頷いている、はついにチョコをあげることになった。
バレンタインデー当日。
皆に乗せられて、チョコを持ってきた。昨日は、あの後に、皆で義理チョコを作った、そして、その時に、本命チョコも作らされたのだ。
義理チョコは、既に杏子達の手で、男子に配られている。
にとっては、この本命チョコがやっかいだ。
応接室の前では、草壁が立っていた。
「草壁さん、これお世話になってるお礼です」
義理チョコならぬ、お世話チョコを草壁に渡すと、少し驚いた様子だったが、快く受け取ってくれた。
そして、次は本番だ。と、ゆっくりと深呼吸をする。
いざっ! と、ドアノブに手をかけた。
「君、何やってるの?」
開けようとすると、ドアが開き、恭弥の姿が見えた。
開けようとした勢いのまま、つんのめってしまい、前に倒れ込む。チョコを手放せば手はつけるが、落としたくなくて思わず目を瞑った。
「…………?」
くるだろうと思っていた衝撃が来ず、は恐る恐る目を開けた。
「い、委員長っ!」
目を開けると、そこには、雲雀の端正な顔があった。
どうやら、前に倒れてきたを、受け止めてくれたらしい。
「す、すみませんっっ!」
気づくや否や、は、雲雀から離れる。
が離れると、恭弥は、ソファーに腰掛けた。
「で、僕に渡す物があるんでしょ。だから、昨日は、先に帰ったんだよね?」
昨日はチョコを作るという話だったので、先に帰ることを雲雀に伝えてから皆と帰った。理由を問われるかと思ったが、何故か聞かれなかった。
「は、はいっ!」
慌てて雲雀の近くまで駆けて行く。すると、座るように言われたので、隣にドキドキしつつ座った。
「こ、これです……。味の保証はできませんけど……」
は、持っていた鞄から包装された袋を取りだし、テーブルに置く。
雲雀は、包装をさっさと取り、中身を一つ取り出した。
皆で作ったし、味見はしている。不味くはないはずだ。
「ねえ、さっき、草壁にもあげてたよね? あと、草食動物たちにも」
どうやら、ばっちり見られていたらしい。それほど目立つことはしてないはずだが、雲雀のことだ、知っていても不思議はない。
「あれは、義理とお世話チョコです」
「ふーん。コレも義理? 義理なら僕は受け取らないよ」
チョコを眺めながら、雲雀は呟いた。
義理ではない。本命だ。だから、皆に乗せられたといえども、他のとは違うチョコにしている。
だけど、ここで本命だというのは、好きです、と告白していることと一緒だ。
それはかなり恥ずかしいし、勇気がいる。
「……本命……です……」
いい加減、雲雀の視線に耐え切れなくなったのか、は小さな声で答えた。
顔だけでなく、体中が熱い。ひょっとしたら、体中の体温が上昇しているのではないだろうかと思う。
「そう。なら、貰うよ」
そういうと、雲雀はチョコを口の中に放り込んだ。
「委員長……、味はどうですか?」
「不味くはないね」
その言葉で、はホッとした。
雲雀なら、不味いなら、不味いという。そして、きっと、先ほどの言葉は雲雀なりに誉めてくれているに違いない。
「いつまで、ボーッとしてるの、帰るよ」
嬉しくて意識を飛ばしかけていたに、雲雀の声がかかる。
雲雀は、いつの間にか、立ち上がり、ドアの前に居た。
「あ、委員長、待って下さい」
駆け寄る途中、テーブルに置いたチョコレートの箱の中には、何も残っていなかったように見えた。
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