給料三ヶ月分
専門学校二年
二月。といえば、バレンタインデーだが、来月には専門学校を卒業する身のとしては、そんな浮き足立った気分にはなれない。
もちろん、付き合っている彼氏が一応いるので、チョコはあげるつもりではいるが、今はそれよりも、就職だ。
この時期にあって、は未だに就職先が決まっていなかった。
人によっては、早々に就職先を決めてしまっている者もいるのに、はまだだった。
もちろん、学校側からもせっつかれているし、会社説明会なるものにも参加はしている。
しかし、あまり就職活動に熱心なわけではない。
「ちゃん、就職先は決まったかい?」
バイト先である竹寿司の主人、山本剛に聞かれ、は、苦笑いをしつつ答える。
「それが、まだなんですよ」
「なら、このまま竹寿司に就職ってのはどうだい?」
剛の提案はとても魅力的だ。仕事も分るし、就職すれば上司になる剛は上司として申し分ない。
しかし、あまり頼りすぎるのもどうかと思うのも事実。
「就職先が決まらなかったら、お願いします」
でも、保険は欲しいのもまた事実。
「おう、歓迎するぜ。でも、俺としちゃ、タケシの嫁に来てくれんのが一番嬉しいんだけどな」
剛の息子、つまり、山本武はの彼氏で、いまここでバイトをしているのも、その繋がりだ。
山本と結婚したくないわけではないが、それはやっぱり、向こうの気持ちもあるわけで、だけがしたいと思ったところで、向こうがその気でなければできるわけがない。
大学に進んだ山本は、就職までまだ先なのだから。
学校からの帰り道、の携帯が鳴った。
ディスプレイには、『雲雀恭弥』の名前。これは、無視するわけにはいかない。
「もしもし」
『やあ、久しぶりだね。』
「お久しぶりです」
『時間がないから、単刀直入に言うよ』
「はい?」
『君、就職先はまだ決まってないんでしょ? なら、財団にきなよ』
「え?」
思いもよらない用件。
『君の写真の腕はよく知ってる。悪い話じゃないと思うけど』
悪い話どころか、めちゃくちゃいい話ではないか。
もちろん、雲雀率いる風紀財団が一体何をしているのかは知らないが、普通の会社に就職するよりもいいかもしれない。
『返事は今じゃなくてもいいよ』
それだけ、言うと、電話は切れてしまった。
雲雀が切ったのだから、掛けなおすのは躊躇われる。掛けるとすれば、返事が決まったときだろう。
「どうしようか……」
電話を見つめ、はそう呟いた。
「よっ!」
「山本?」
学校が終り、帰ろうとすると、正門の所で山本が待っていた。
学校の後は、竹寿司にバイトに行くから、そこで会うため、山本が待っていたことなんて、殆ど無い。
そして、は痛いほどの視線を感じた。
それも無理はない。
山本はモテる。それは、中学の時から知ってるし、高校、大学の時だって、モテているのは知っている。
その山本が待っていた相手がなのだから、皆の視線、特に女の子の視線が集中する。
「なに?」
痛い視線に、若干不機嫌になりながら、は答えた。
「いいから、ちょっと、俺に付き合ってくれよ」
そんなの気持ちを知ってか知らずか、山本は、の手をとって、引っ張っていく。痛いほど強くではないが、振りほどくことは難しいだろう強さでつかまれた手を振り払うこともせず、は山本に引っ張られるままついていった。
そして、着いた先は公園。
「懐かしいよな、ここ」
「うん」
懐かしむような山本の声。でも、どこか違う雰囲気を含んでいるように感じられる。
子供すら遊んでいない公園はとても静かで、そのベンチに二人で座った。
「なあ、ヒバリに返事したのか?」
「……まだ、してないけど」
雲雀の財団に誘われたことを、話の流れで、山本には話していた。その時は彼は特に反応もしなかったが、少しは気にしていたらしい。
「なら、ヒバリのところに行かずに、俺のトコに来いよ」
「いや、それは山本が言うことじゃなくて、親父さんがいうことでしょーが」
雇い主は剛なのだから、いくら息子といえど、そんなにホイホイと決められるわけがない。
「そーじゃねえって」
山本は、そういうと、の手の平を上に返す。
そして、その手のひらに、小さな箱を乗せた。その箱はどうみても……。
が固まっていると、山本が開けてみろというように微笑んだ。
まさか、と思いながら、でも、と期待しながら箱を開けた。
箱の中には、小さな宝石の付いた銀色の指輪が鎮座していた。
「山本……これ……」
半ば放心状態で、呟く。
「さん」
山本に名を呼ばれ、彼の方を向く。
「俺と結婚してください」
「……はい」
真剣な表情に、少し照れながらも、は返事を返す。
山本は、の手から、箱を取り、中から指輪を取り出した。
そして、の左手の指に、指輪を通す。
小さな、小さな石の付いた指輪。
でも、それは、キラキラと光って、何よりも綺麗だった。
本日、は永久就職先が内定致しました。
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