ごくごくあたり前になりそうなこと
専門学校二年
ガラッ
「ただいま〜」
「おう、タケシ。帰ったか」
「ん」
剛の言葉に、山本は何処か疲れた様子で答えた。
「ちょうど、蜜柑開けたとこなんだ。
タケシも食うか?」
「いや、いいや…」
上質な漆塗りの器に山を築いた蜜柑を
剛が見せるが、山本は軽く首を横に振った。
「そうか?
ちゃんからのお裾分けだぜ?」
「の?」
残念そうな剛の言葉に山本が反応する。
「居間にいるぜ」
「なっ?!」
返ってきた言葉に驚き、山本は慌てて居間へと向かった。
スパンッ
「!」
「うわっ!」
突然開けられた障子の音と呼ばれた声に
背を向けていたが驚いた声を出した。
そして、振り返り、声の主である山本を見上げる。
「や、山本か…。
おかえり、おじゃましてます」
「ただいま。って、なんでいるんだ?」
コタツに入って出迎えたの姿に山本は尋ねる。
「親父さんと晩ご飯食べてた」
「…オヤジと?」
あっさりと返ってきた言葉に山本は首を傾げた。
「いやー、タケシが今日は飲み会だって言っただろ?
だから一人で飯食うのも味けねーかなと思ってな。
ちゃんに声かけてみたんだ」
蜜柑を手にした剛が居間に入りながら説明する。
「そう。誘われたから来ちゃった」
は嬉しそうに笑って剛を見た。
「山本は追いコンだったんだよね?お疲れ」
「…」
笑って話すを山本はジッと見る。
「何?」
それに気付いて、は尋ねた。
「」
「ん?」
「ちょっと向こう向いてくれ」
山本の言葉には訝しそうに彼を見上げる。
「…なんで?」
「良いから」
そう答えて彼はいつも見せる笑顔をに向けた。
「…意味分かんないんだけど…」
それでもは言われた通りにコタツへと体を戻した。
「そんで、ちょっと体育座りしてくれよ」
「…何で?」
「山は低くて良いぜ?」
「…話聞いてる?」
顔を山本に向けながら尋ねるが彼は理由を話さない。
「…」
は半ば諦めつつ顔を戻すと言われた通りその場で体育座りをした。
「…」
剛は二人のやり取りを蜜柑を食べつつ楽しそうに見ている。
「そのままな」
「…はいは…」
返事の途中で、は自分の背後に気配を感じて言葉を止めた。
「ちょっと…」
そして何か察したのか、制止の声をかける。
だが、返ってくる言葉はなく、山本はの後ろに座ると
彼女が作った山の間を通るように胡座を組んだ。
ちょうどそれは、子供を胡座の上に乗せている姿に似ている。
「山本っ!」
「んー」
返事にならない返事をしながら山本は
をキュッと抱き締め、彼女の肩に額を当てた。
「はははっ」
「親父さんっ。何とか言ってやって下さいっ」
自分達の光景を見て笑う剛に、は助けを求めた。
「まぁ、ちょっと付き合ってやってくれよ、ちゃん」
「…」
笑顔で剛にそう言われては返す言葉がない。
「さって、明日の仕込みでもしてくるか。
ちゃん、蜜柑ありがたくいただくぜ」
「えっ!」
席を立つ剛に、は顔を向けた。
「遅くなるようなら、その時は、タケシ剥がしてやるからなっ」
「え、いや、そういうわけでは…」
の言葉虚しく、剛は居間を出て行った。
「…山本」
「うん?」
が声をかけると、ゆっくりとした口調の反応が返ってくる。
「どうしたの?」
「ん〜…疲れたから」
「それだけ?」
「それだけ」
あまりにもシンプルな答えには瞬きをひとつして山本を見る。
「といると落ちつくのな」
「…そんなに疲れる飲み会だったわけ?」
「いや、そういうわけじゃねーけど」
山本は抱き締めていた手の力を緩めて、を見る。
「のこと見たら抱き締めてーって思った」
「…」
笑顔で言われたとても素直な言葉にの表情が歪む。
素直ではない彼女の反応に山本は再び笑みを零す。
「は俺の嫁だろ?」
「…まだ違うけど」
山本は抱き締めていた手を解いての左手に触れた。
其処には光る金属の輪がひとつ薬指におさまっている。
「けど、嫁だろ?」
「…まぁ…」
自分の左手に目を向けては答える。その頬が僅かに赤い。
「だから一緒になったらまたこうやってするのな」
「…何の宣言」
「抱き締めてると落ちつくんだって」
「私は癒しグッズですか」
「…?
は俺の嫁だろ?」
「…もう良い」
山本節での返答に、は会話を切った。
「もーちょっとこのままな」
何処か楽しそうな口調で山本は言う。
「…ん?」
背中に負荷を感じては顔を山本に向けた。
「…寝てるし…」
閉じられた瞼と首元にかかる呼吸音には呆れて呟く。
「…私も、同じかなぁ…。
なんでこんなに眠たくなるんだろうね」
山本を見ながらそう呟き小さく欠伸をすると、は瞼を閉じた。
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