ありふれて、特別
二十一歳
天気がいいので縁側でグローブを磨こうとした山本は、そこで先客を見つけた。
妻の名を呼ぼうとしてやめた。
は現在お留守のようだ。
少し丸まった背中と空を見上げる後頭部を見つめて、山本はつかず離れずの位置にどっかと座り込んだ。
昼の陽気を全身に浴びながら、鼻歌まじりに使い込んだグローブを磨いていく。
鳥の鳴き声、車の音、宣伝カーの騒音。外界の音が二人とは無関係に生まれては消えていく。
自転車のベル、子供達の声、通りの喧騒。日々の営みが音となって二人を包む。
ふいに山本の左肩に重みがかかった。口元に浮かんでいた笑みが深くなる。
汚れていない手の甲をの頭に軽く触れさせた。
肩にあたっているの額が山本の肩を軽くこする。続きを促すようにグローブに向かって二度頭をふった。
山本は返事をするかわりに、の頭に触れていた手を戻してグローブ磨きを再開した。
全てが終わる頃には左肩にかかっていた重みが増していて、そこからの寝息がかすかに聞こえてきた。
山本は起こさないようにの体を倒して、腿の上に彼女の頭をのせた。
はじめは居心地悪そうにしていただが、なじむ場所を見つけると体の力を抜いた。
山本は首をまわして骨を鳴らすと目を閉じた。
静かな家の様子を見にきた剛は、不自由な体勢で眠る息子と硬そうな枕で眠る娘にそっと毛布をかけてやった。
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