横文字料理と縦文字料理
二十一歳
並盛町にある、寿司屋、竹寿司。
この日、竹寿司の中には香ばしい香りが漂っていた。
「寿司屋にスパイスって、どうなの…?」
は目の前にある鍋を木べらでグルグルと混ぜながら呟いた。
「違和感あるけど…リクエストもらったし…」
彼女が見つめる鍋には人参、じゃが芋、玉ねぎ、牛肉がゴロゴロ入っている。
そしてなんとも食欲をそそるスパイシーな香り。
そう、が作っているのはカレーだ。
「親父さんからはカレーについてなにも言われなかった…。
…よし!何かあったら武のせいにしよう」
鍋の前で自分を納得させるように言うと、
はカレーの味見をした。
事の発端は、夫である山本が、カレーが食べたいと言ったのが始まりだ。
中学の頃から山本家で何度か食事をご馳走になった、
そして結婚して一緒に住むようになってこっち、
食べてきたものも作ってきたものも和食だ。
初の海外料理となる。
天婦羅を作ったこともあるが、ここまで典型的な海外料理は作ったことがない。
カレーはインドなのだから、大括りで言ってしまえばアジアにはなるのだが…。
それでも、
これまでが和食三昧だったので、海外料理は実は、
山本家では御法度なのでは?と、うっすら思っていた。
だから、山本が『今晩カレーが良いのな』と言った時は正直驚いた。
「こんなもの、かな」
は味見をして、頷きながら言った。
山本家のカレーの味が分からないので今回は、
家の味付けになっているが、問題はないはずだ。
「ご飯できました〜」
揃って野球中継を見ていた二人に声をかける。
「おぅ」
「腹減った〜」
の声を受け、剛と山本が食卓につく。
「今日は、リクエストを受けたのでカレーです。
ウチの味付けになってるからちょっと違和感あるかもしれないけど…」
「ひっさびさだな、親父」
「そうだな」
が実家から持ってきた木製のスプーンを受け取りながら二人は笑う。
「「天竺風汁かけご飯」」
「…え…?」
二人の言葉には間の抜けた声を零した。
「…天竺…?」
困惑した表情のに、山本親子は楽しそうに笑った。
「天竺風汁かけご飯。
山本家ではカレーライスはそうなのな」
「和食以外は認めねぇ。
洋食食いたきゃ日本語にしろってな」
「なるほど…。
インドが天竺、ルーをかけたご飯だから汁かけご飯かぁ…」
二人の話を聞きながら、『上手く作ってるなぁ…』とは感心した。
「今はそうでもねーがな。
山本家の風習だったんだ」
剛の言葉に山本が頷く。
「へ〜。じゃぁ、他の海外料理は?パスタとか」
「西洋焼きそばだな」
の質問に山本が答える。
「でも、パスタって種類あるよね?
それはどうするの?」
彼女の指摘に山本がニッと笑う。
「ナポリタンは」
「赤西洋焼きそば」
「カルボナーラが」
「白西洋焼きそば」
山本が言った料理名を剛が和製に変えていく。
「他は?」
「基本的に色分けなんだ。
だから色で識別できないものは山本家では存在しない」
「わりと容赦ないんですね…」
剛の言葉には驚いた。
此処まで和製を徹底しているのだから、
当時は洋食の立入る隙など殆どなかったんだろう。
目の前にある『天竺風汁かけご飯』を見つめながらは思った。
「あとー…あぁ、ハンバーグは小判型練りひき肉焼きな」
「細かっ!」
山本の言葉にはツッコミを入れる。
「面白いだろ?」
「うん。
けど、そこまで徹底してた親父さんが素敵だと思います」
剛を見ながらは全体を通しての感想を述べた。
「結局親父か!」
たまらず山本はツッコミを入れた。
「ははっ。まぁ、良いじゃねぇか。
さて、冷めないうちに食べようぜ」
「おう」
「はい」
「「「いただきますっ」」」
3人は手を合わせて食事開始の挨拶をした。
「ん。これが家の味かー」
山本はカレーを一口食べる。
「…」
は黙ってそれを横目で見た。
「美味いぜっ」
「…ん。ありがと」
向けられた笑顔と感想にの心臓はドキリと音を立てた。
それと同時に、ホッとした。
どうやら、家の味は、山本家では受け入れられる味のようだ。
「ちゃんのとこの味も、中々だな」
「ありがとうございます。
今度、山本家の味、教えて下さい」
剛の言葉に笑みを零し、は頭を下げた。
「おう。任せろ。
けど、ちゃんも段々山本家に染まっていくんだなぁ…」
頷いた後、剛はしみじみと口にする。
「まだまだ覚えなきゃいけないんで、
ご指導、よろしくお願いしますっ」
そう言っては改めて頭を下げる。
「もちろん、武も」
「…おう!」
顔を上げたが言うと、山本は嬉しそうに笑って答えた。
こうして、山本家には今日も楽しい夕食時間が流れていく。
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