打ち寄せる波に弾かれる想い
高校二年
髪を撫でる秋風は近づく冬の色をより濃くしていた。
触れる風は僅かに冷たさを帯びている。
「スゲー夕日だな!」
「うん」
山本の感想に同意を示しながら、恋人であるは
手にしていたデジカメを構え、それを撮る。
夕日が沈む並盛海岸に一組の男女がやってきた。
「なぁ、夕日見てると叫びたくならねぇ?」
「どうぞ」
海に近い砂浜を揃って歩く二人。
遠くから見ると和やかな雰囲気だが、
実際交わされている会話にはやや温度差がある。
「何が良いかなー…」
「え、ホントに叫ぶの?」
楽しそうに言う山本にが尋ねた。
「叫んで良いって言っただろ?」
「いや、うん。そうだけど…」
会話をしていて閃いたのか、
山本は足を止めると体を海へ向けた。
「俺はがす…」
「何叫ぼうとしてんのっ!」
とんでもないことを叫び出した恋人に、が怒鳴る。
「良いじゃねーか」
「良くないっ!」
平然とした顔で言う山本には強く主張した。
「んー…。それならー…」
山本は再び海を見る。
そして決まったのか軽く息を吸った。
「来年も春夏優勝するぞーっ!!」
発せられたそれはまるで決意表明のようだ。
「もどうだ?」
「ヤダ」
「そう言うわずに叫んでみろって」
ドンッ
煽るように山本が自分の体をに当てる。
「わっ」
ドサッ
その反動で、は体勢を崩し、砂浜に膝をついた。
普段はこうはいかないが、二人でいることに気が緩んでいた。
「ははっ。
大丈夫か?」
謝ることもなく、楽しそうな色を含んだ山本の声は、
の逆鱗に触れた。
「…山本…」
「…あ…」
普段よりもやや低い声でが呼ぶ。
その声に山本も気付いた。
はゆっくりと立ち上がり、膝についた砂を掃う。
「…ヤベッ」
そう呟くと、山本は急いで砂を蹴った。
「逃げるなっ!」
顔を上げるとはその背を追うべく砂を蹴る。
砂浜をものともせず走る二人。
本来、海岸で追いかけっこをしている姿はとても和やかなものだが、
この二人の場合スピードと表情が一致していない。
速いスピードと、まるで狩る者と狩られる者のような表情。
「…」
そんな追いかけっこをしている時、山本が何かを閃いた。
そして、ちらりと後方を見てとの距離を確認すると足を止める。
「ちょっと!」
「ほいっ」
急に足を止め、振り返った山本にが驚きの声を上げた。
そして、山本は手を広げる。
「うわっ」
トンッ
車が急に止まれないのと同様に、
走っているスピードを急にゼロには出来ない。
は勢い余って山本に突っ込んだ。
それをものともしない高校球児はの勢いも殺しつつ抱き締めた。
「不可抗力」
そう言って山本は笑顔をひとつ。
「…嘘ばっかり」
苦い顔をしながらは山本の体を手で押す。
「ははっ。バレてるか」
「…」
そう言って山本は笑顔を見せる。
は僅かに顔を逸らした。
彼の笑顔が、は苦手なのだ。
あまりにも真っ直ぐで。
好きな表情のひとつに、変わりないのだが。
「…疲れた…」
「じゃぁ、何か飲もうぜ」
の僅かな表情の変化に笑みを零しながら山本は頷くと、
抱き締めていた手を解いた。
「山本さん、手が残ってますが?」
解かれた手は何故かの左手と繋がっている。
「疲れたが倒れるかもしれないだろ?
それに、並んで歩いてんだから見えねーって。なっ」
同意を求めるように山本は笑顔を向ける。
「…そんなにヤワじゃない。
というか、横から見えなくても後方からは見えるでしょっ!」
「いって!」
が自分の指に力を込めると、
関節に力がかかった山本は思わず手を解いた。
「俺達付き合ってんだろ?」
「…目立つのはヤダ」
ただでさえ自分の隣りに立つ人物はこんなにも目立つのに。
は山本を見ながら思った。
背の高さもそうだが容姿だって良い。
そして何より、彼は有名なのだ。
スポーツ、こと野球に関してずば抜けて。
町内で知らない人はいないのではないかと思うぐらいに。
「なら、今日のバイト終わったらどうだ?」
そんなの思いを知って知らずか山本は次の提案をする。
「…妥協しましょう」
の答えに満足したのか山本は軽く地面を蹴った。
「負けたら奢りな」
「ちょっ!山本っ!」
「ヤワじゃねーんだろ?」
「言ったなっ!」
笑って走り出した山本をが追いかけた。
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