君はきっと分かってる

高校三年




「寒くねーか?」
「えー…別に」

投げかけられる質問に返ってくる、普段と変わらない声質。
それでも頬を撫でていく風は冷たくて、体温を奪っていく。

「…」

は呼吸を意識するように、ゆっくりと息を吸い込んだ。
山にある高台に山本とは並んで立っていた。
眼下には町の夜景が広がっている。
隣りに立っている山本はに比べてやや寒そうな表情をしていた。

「もっと寒くならないかなー…」

白い息を吐きながら空を見上げては呟いた。
冬の夜なのだから十分寒いはずなのだが、彼女の声からそれは感じられない。

「…山本?」
「ん?どうした?」

普段より反応の薄い彼をが見る。

「寒い?」
「そんなことないぜ」

山本は否定しているが、彼の表情が嘘だと語っている。
鼻の頭や頬が赤い。

「…寒いなら先帰って良いよ?」
「こんな所に置いて帰れねーよ」
「結局、寒いんじゃない」

山本の言葉には、ははっと笑った。
冬の夜。
そんな時間帯に二人が高台にいたのには訳があった。
数日前からニュースでは流星の話題が取り上げられていた。
その流星のピークが今夜なのである。
それを知ったが『見ようと思っています!』とバイト先である、
竹寿司の店主、剛に話していたのを山本が聞いたのだ。

「俺が言わなかったら、一人で来てたろ?」
「うん。見たいのは私だし。
 それに、山ぐらい光が少ない所に行かないとはっきり見えないからね」

山本の質問にはあっさりと答えた。

「だからって、おま…」
「あ」

空を見上げていたが何かに気づいて声を発した。

「きたっ!」
「お!」

喜びを帯びたその声に、山本もつられて空を見る。
星と星の間に突如星が流れる。
その数はひとつふたつと増え、流星が空に広がった。

「「おぉーっ」」

空を見上げながら二人は同じ言葉を零す。

「っと」

はっ、と気づいたようにデジカメを構えてはそれを撮る。
星が空を駆け巡るその光景は、とても幻想的で、それは寒さを忘れるほどだった。
僅か数十分ほどで、流星は終わりを告げた。

「凄かったー…。
 さてと、流星も見たし、写真も撮ったし。
 帰ろうか、山本」

デジカメをポケットに仕舞って、は隣りの山本を見上げた。

「…」
「…山本?」

空を見上げたまま動かない山本にはもう一度呼びかける。

「なぁ、
「何?」

山本は視線を空からへと移す。

「流星、付き合ったよな」
「…うん」

やや間をあけては頷いた。
付き合ってとは一言も言ってないんだけど、
というツッコミが浮かんだが、はそれを留めた。
一応、この高台に来るまでの山道を自分を乗せて
自転車を漕いでくれた恩があるからだ。

「だからさ、ちょっと俺に付き合ってくれねーか?」
「…なに?」

は僅かに眉を寄せた。

「さみーから」

そう言って山本はの肩を抱くと自分の方へ引き寄せ正面からギュッと抱き締めた。

「わっ!」

は驚きの声を上げる。

「ちょっと!山本っ!」

慌てては山本を離そうと押すが、彼の力は自分よりも強い。

「寒いから動けないのな」
「…よく言う…」

楽しそうな声で言われて、は手の力を抜いた。
このようなやり取りは何度もしてきたが、どうしても彼には勝てないのだ。

「流星、スゲー綺麗だったな」

抵抗がなくなったことに気づいた山本は、
右手をの頭へともっていき、ゆっくりと撫でた。

「…綺麗だったけど…」

頭を撫でられる感覚には心臓を速くしながらも、それを悟られないように答える。
それでも、撫でられる感覚が心地良くて、は頭を山本の体に預けた。

?」
「…不満でも?」
「いいや」

山本は笑顔を見せると抱き締める手に力を込めた。
僅かに速くなった山本の心臓の音には耳を傾けた。
お互いの心臓の速さはきっとお互い分かっている。

「…」

互いの心臓の速さに、は僅かに笑みを零し、
両手を山本の背へともっていった。

?!」
「驚きすぎじゃない?」

山本の声に素早くツッコミをいれる。
珍しい行動をしているというのは自分がよく分かっている。

「…寒いから」

そう言ってはキュッと山本を抱き締めた。

「…そっか!寒いか!」

楽しそうに山本は笑う。
もちろん、の『寒い』が嘘だというのはちゃんと分かっている。



「…そろそろ帰るか?」

手の力を僅かに緩めて、山本がの顔を覗き込む。

「…うん」

は腕時計に目をやってから頷いた。
時間は既に深夜を過ぎている。
互いに手を解き、互いを解放する。
手に残る名残惜しさはお互い分かっている。

「ん〜っ…眠いっ」

ググッと腕を空へと伸ばしながらが言った。

「じゃぁ、サクッと帰るか」
「うん」

マウンテンバイクに二人乗りをし、夜の並盛町へ向かって帰る。



「ねぇ、山本」
「ん?」

舗装された山道を自然と加速して下っている時、は声をかけた。
吹き付ける風は一層冷たく頬を掠めていく。

「今日はありがと」

小さく礼を言うとは山本の首に両腕を回し、凭れかかる。

「うぉっ」

背中にかかってきた負荷と、の珍しい行動に山本は驚きの声をあげた。

?」
「寒い」
「…そっか」

返ってきた言葉に山本の口が緩んだ。


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