微睡みからやがて眠りに落ちる
高校三年
「………っ」
授業中、口許を手で覆いながらは盛大な欠伸をした。
その目にはうっすらと涙が浮かぶ。
それを開かれた教科書に書かれた問題を考える仕種をしながら制服の袖で拭う。
周りを見ると皆真剣な目で授業を聞いている。
廊下側最後尾の席では窓に目を向ける。
そこには昼間だというのにどんよりとした空があり、そして雨が降っていた。
太平洋側に発生した台風の影響なのか、最近は雨が続いていた。
「…」
は窓から目を外すと、流れで時計を見る。
終業までは後20分ほどあるようだ。そう思うと目を閉じる。
右手はシャーペンを持って左手はノートを押さえて、
まさに授業態度そのままではゆっくりと意識を手放した。
キーンコーンカーンコーン
「…」
終業のベルと共に目を開け、号令と同時に立ち上がり礼をする。
此処数日、はこんな状態が続いていた。
「…眠ぃ…」
ググッと伸びをしながらは呟く。
「なんかボーッとしてたわね」
窓側の花がやってきた。
高3になると進路によってクラス分けが行われ、
は花と同じクラスになった。
「ラストは意識手放してました」
「よく寝れるわ」
の言葉に花が呆れる。
「だって眠いし」
は言ってから欠伸を一つ。
普段ならここまで眠たくなることはないのだが。
「雨がね、原因なんですよ」
は窓の方に目を向ける。
「そういや言ってたわね、雨の日ってダレるんだっけ?」
「そう。あと急激な睡魔が来る…」
話ながらもの声のトーンが普段と違う。
寝起きのフワフワとした感覚が残っているようだ。
「分かんないけどね、それ」
「そう、皆言う…」
もはや同意を求めるのを諦めている持論には頷く。
「HRで終わるんだから、もうちょっと起きてなさいよ」
「うん」
は力なく頷いた。
「あの、花…」
「これでしょ」
手にしたノートで花は、ポンッとの頭を軽く叩いた。
「ありがとうございます」
「なら起きてなさいよ」
呆れながら花が指摘する。
「努力はしてます」
「嘘おっしゃい」
花のツッコミには苦笑いを返した。
授業中に眠っていても気付かれない。
それに気付いた頃から眠りたい時に眠るようになった。
言われないだけで、ひっそりと内申を
引かれているのだろうかとも思ったが、
それで支障が出るほど学校生活を不真面目に
送っていないので、その考えは直に捨てた。
「HR始めるぞー」
教室に響く教師の声で、生徒達は席に戻る。
こうして今日一日の締めが始まった。
「、どうするの?」
「んー…まだ学校にいる」
放課後になり、高3生は足早に帰路につく者、自習室へ向かう者で慌しい。
「そう。夜冷えてるんだから体調崩さないようにね」
「うん。また明日ね、花。京子ちゃん達によろしく」
「ん。また明日」
ヒラヒラと手を振っては花を見送った。
「ー?鍵頼んで良いかー?」
日直の男子生徒が未だ教室にいるに声をかけた。
「おー。任されたー」
やってきた男子生徒からは鍵を受け取る。
「じゃ、また明日」
「応。気ぃつけて帰れよ」
「お互い様」
ははっと笑い合って男子生徒は教室を出て行った。
「ふぁ…」
は本日何十回目かの欠伸をする。
賑わっていた廊下の声も遠ざかって静寂に近いものが教室を支配している。
「…眠…」
は腕を組んで、机に突っ伏した。
「雨かー…」
顔をやや横に向けて外に降る雨を見て呟く。
それを見ているうちに段々との意識は遠退いていった。
カラッ
半開きになっていた教室の扉が僅かに開かれる。
「…」
ひょっこりと顔を出した生徒が教室内の人物に気づいて、足を踏み入れた。
「此処にいたのか…」
ゆっくりと歩きながらその生徒の元に辿り着く。
「」
窓に目を向けている体勢のまま瞼を閉じている生徒の名前を山本が呟いた。
部活に顔を出していたのだが、が学校に残っている
というのを花から聞き、ずっと気になっていたのだ。
普段、自習室で勉強するのであらば『自習室に行く』と花に目的地を告げる。
それが、『学校にいる』と言っていたのが山本の中で引っかかっていたのだ。
結局、後輩指導、といっても一緒に部活をこなしていただけだが、
それをそこそこにしてを探していたのだ。
下駄箱を覗いて、普段近寄りもしない自習室も見て、
最後に辿り着いたのが此処、のクラスだったのだ。
「…」
起こさないようにゆっくりとの様子を見ながら、前の席の椅子を引いて座ると、
山本は規則正しい寝息を立てるにそっと手を伸ばした。
山本の表情が笑顔に変わる。
「…?…」
頭に感じる感覚に、はうっすらと目を開けた。
「あ。起こしちまったか?」
「…?」
届いた声にの頭が状況を考える。
「ん…」
こすこすと目許を触りながらは、窓に向けていた顔を動かした。
「やまもと…?」
視界に映る腕を見て、やや顔を上げると見えた人物の名前を呟く。
まだ完全に目が覚めていないのか、その声はいつもと違う。
「まだ寝るか?」
山本は笑みを零しながら虚ろな目で自分を見ているに尋ねる。
そして、頭を軽く撫でた。
「うん…」
素直に頭を撫でられながらは頷く。
「雨の日、弱いのな」
「うん…雨は…眠たくなる」
山本の問いにはポツポツと小さく答える。
その瞼は既に閉じられていた。
「気力が続かなくて、眠たくなる…」
「雨は鎮静の効果があるからな」
「…?」
楽しそうに笑う山本の意図が分からず、疑問符だけが浮かぶ。
頭を撫でられているのが心地良いのかの声が段々と遠退いていく。
「やまもと…」
「ん?」
微睡んだ声で名前を呼ぶ。
「10分したら、起こして…帰る…」
「分かった。オヤスミ」
「ん…」
山本は返事を聞くと、まるであやす様にの頭を軽く叩いた。
それを合図には再び規則正しい寝息を立て始めた。
「ー、時間だぜ」
山本がの頭を軽く叩く。
「ん〜…」
眉を寄せてはフルフルと頭を横に振った。
自発的に起きるのと起こされるのではやはり違うようで、
は睡魔から脱し切れていないようだ。
「…眠い」
「帰るんだろ?」
瞼を開こうとしないの顔を山本が覗き込む。
「…帰る…」
ようやく起きることを脳が納得したのか、ゆっくりとの瞼が開く。
「おはよう」
山本は手での顔に触れる。
「…あれ…?何で山本いるの?」
「…」
の一言に山本は固まった。
「いやいやいや、起こせって言ったのだろ?」
「…うん」
言われた言葉には頷いた。
頷きながらも自分の顔にある山本の手をゆっくりと退ける。
「山本に言ったのは覚えてんだけど、そもそもなんで
山本がいるの?帰ってないのは珍しいよね?部活?」
思い当たる疑問を山本に尋ねた。
「部活。けどその前にが学校に残ってるって聞いてな。
ちょっとだけ部活出て、探した」
「ふぅん」
返事をしながらはぐーっと体を伸ばした。
「帰ろーぜ?」
「うん」
山本の誘いには素直に頷く。
「鍵締めて帰らないと」
日直の生徒に渡された鍵を見ながらが言う。
「じゃ、職員室だな」
「ん」
ノロノロと立ち上がり、鞄を持つ。
「雨降ってるのか…」
「雨、嫌いか?」
山本が尋ねる。
「いや、割りと好きだけど。落ちつくし」
「そっか」
の答えに山本は嬉しそうに笑った。
「?何でそんな嬉しそうなの?」
「いや、何でもね」
「変なの…」
やたら嬉しそうに笑う理由をが知るのはもう少し先のこと。
FINE 戻る