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異国の客人2

高校二年




竹寿司でバイトを始めて早1年と7ヵ月。
与えられる仕事もそれなりに増え、竹寿司アルバイターとして飛鳥は、日々汗を流していた。
山本との関係が変化してからは、山本本人とはもちろんのこと、
雇い主である剛との関係もすこぶる良好だ。
ガラッ

「へいらっしゃい」
「うわっ」

軽い開閉音と共に響く声。

「っと」

ガタッ
そして続く扉が揺れる音。

「いらっしゃいませ」

飛鳥は一連の流れを平然と見守り、声をかける。
今のディーノはおっちょこちょいらしい。
時々そういったことがあるようで、そんな時は来る度に躓いて、
開いた扉を支えに転倒を回避する。
一度や二度ではないので、飛鳥を始め、剛や山本も慣れていた。

「大丈夫ですか?」
「あぁ。大丈夫だ」

飛鳥が声をかけるとディーノは笑う。

「何か躓くんだよなぁ…」

ディーノは軽く首を捻りながら足元を見る。
特にこれといった段差はない。

「すぐ、お茶持ってきますね」
飛鳥の和服は新鮮だな。似合ってる」
「そんなナイスなコメントは私以外でやってください」

ディーノの一言に飛鳥は素早く切り返す。
イタリア人は女をたてる。
そんなことを聞いたことはあったが、だからといって慣れるものではない。
あまりに普段から聞かない単語だ。

「…世辞でも慣れねぇ…」

カウンターへと案内した飛鳥は裏に戻りながら小さく呟いた。


「…」

カウンターを見た飛鳥が『あぁ…』という表情を浮かべる。
彼女がお茶を運ぶ頃には既に惨事は起きていた。
カウンターに米が四散していたのだ。

「箸は扱いが難しいなぁ…」
「ディーノさん。米、米っ」

言っている傍から崩れ落ちていく寿司米を山本がフォローする。

「やっぱり部下がいないと失敗するんですね」

皿を差し出しながら山本が笑う。

「何の話だ?
 どう考えても箸の使い方が難しいんだって」

箸を見ながら、ディーノは首を傾げる。

「箸のせいか…」

飛鳥は小さくツッコミを入れた。
ツナに頻繁に会いに来ているのだから、これまで箸を握る機会などごまんとあったはずだ。
ならば去年やってきたベル達は一体何だったのか…。


ガラッ

「おーおー、始まってるな」
「お前ら」

入ってきた人物にディーノは振り返る。

「やっぱり日本に来たら此処寄らなきゃな」
「クルタビトテモタノシミデス!」

ロマーリオとマイケルがカウンター席に着いた。

「あ、今お茶お持ちしますね」

飛鳥は二人にそう言って奥へ下がる。
部下が来てからというもの、ディーノは米を四散させることなく、
器用に箸を使いながら寿司を食べていた。

「ボス気質だな」

そんなディーノを見ながら剛が一言呟いた。



その後も彼等は寿司を楽しんだ。
ベル達とは違い、それなりに足を運んでいるので、
『そのピンクの』『その色が薄いやつ』等と言った発言もなく、
ちゃんと魚の名称が出てきた。
そして支払いの時を迎える。

「じゃぁ、これで。あぁ、一括な」

話がまとまりディーノはポケットからカードを一枚出した。

「…お預かりします」

やや間を置きながら飛鳥はそのカードを受け取った。カードの色は、黒い。

「ちょっと札がなくてな」

ディーノは苦笑しながら答えた。いつもは現金払いなのだ。

「ボス、ゴチソウサマデスッ」
「車回してくるぜ」

マイケルとロマーリオがディーノに礼をして足早に店を出る。

「っておい、お前等!」

慌てて声をかけるがそれは虚しく宙に消える。

「…どうします?」
「一緒で…」

飛鳥の質問に軽く息を吐きながらディーノは答えた。

「おぉ。ブラックカードだ」

隣りにやってきた山本がそのカードの名称を口にする。

「初めて見るのか?」
「いや、前に見ました」

山本がディーノを見て答えた。

「へぇ。そう出ないカードだと思うけど案外持ってる奴いるんだな」
「ベルだったよね、名前」

飛鳥が確認するように山本を見る。

「あぁ」
「ベルが来たのか?」

頷く山本にディーノはやや驚く。

「この間はプライベートだったかな?たまに来ますよ。
 此処でお寿司食べる為だけに」
「マーモンと一緒の時が多いかな」
「確かに、此処の寿司屋は絶品だからな」

ディーノは笑って納得した様子を見せた。

「じゃ、ごちそうさま」
「ありがとうございました」

ディーノに飛鳥はペコリと頭を下げる。

「また来てくれよ」
「楽しみにしてるぜー」

剛と山本が軽く挨拶をした。

「何か自分の身近?にブラックカード持ってる人が二人もいるとはね~…」

閉じられた扉を見ながら飛鳥が呟く。

「ははっ。案外世間って狭いのな」

山本は呑気に笑った。

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