道路交通法は守りましょう
高校ニ年
「なぁ、紅葉見に行かね?」
は休日に商店街を歩いていて、竹寿司の前を通りかかった瞬間扉が開いた。
そして出てきた店主の息子、山本武は開口一番そう言った。
「…突然だな」
は半ば呆れながらそれに答える。
だが、内心は突然開いた扉と声をかけられたことに驚いていた。
「もうすぐ手伝い終わるしさ、どうだ?」
「おう」
は頷く。彼女も若干退屈していたところだ。
買い物ついでに商店街へ出てきたものの、早々にその
買い物を済ませてしまったのでこれからどうしようか考えていたのだ。
「じゃ、直ぐ用意してくるな」
「分かった」
頷くと山本は店の中へと戻って行った。
「お待たせ」
「ん」
少しして再び扉が開く。
「紅葉って何処まで行くの?」
「んー?当然並盛山」
答えながら山本はマウンテンバイクを引っ張ってきた。
「で、は後ろ」
山本が楽しそうに笑う。
「立ち乗りか」
は荷台のないマウンテンバイクを見る。
「まぁ、当然だよな」
荷台のあるマウンテンバイクの方が逆に考えられない。
は山本の肩に手をかけ後輪のステップに足を乗せた。
「良いか?」
「おう」
「じゃ、いくぜ」
そういって山本はペダルを力いっぱい漕ぎ出した。
秋の風が吹く季節、気温も丁度よくて、絶好の行楽日和といっても良い。
はのんびりと風を感じていた。
「楽しーな」
「え?」
山本の声には我に返った。
「…私今何か口走った?」
「楽しいって」
「…」
しまったとは思った。
余りの気分の良さに思わず思っていたことが声になっていたようだ。
「…ちっ。マズった」
普段ならこんなことを口にすることはまずない。
「良いんじゃねーの?」
山本は特に気にしてないように答える。
「お前、あんまりそういうの言わねーし。
がそう思ってんなら俺は嬉しーけどな。誘った側としては」
楽しそうな声で山本が話す。
「…うるさいよ」
パシッと軽く山本の頭を叩く。
颯爽と街中を自転車で進み、目的地である並盛山の麓に到着した。
「とりあえず上の方まで行くか」
「ん」
二人はマウンテンバイクを降り、歩きながら上を目指すことにした。
それなりに道のりはあるものの、運動部組にしたら大丈夫な距離だ。
それに、季節が秋なので温度面でも問題はない。
「スゲー景色だな」
山本が道路から見える山々を見て感想を口にする。
視界に入ってくる植物の色全てが暖色だ。
「凄いな」
も山を見る。山の暖色と空の青はとても良く映える。
相反する色だからお互いの存在がより明確になっているのだ。
「綺麗だ…」
は目を細めて呟くと、ポケットからデジカメを取り出して、シャッターを切った。
「はよく写真撮るのな」
「そう?」
山本に声をかけられ、構えていたデジカメを降ろした。
「写真好きなのか?」
「撮るのは」
「そっか」
そんな会話をしながら二人は山頂を目指した。
「「おー」」
山頂には展望台があり、二人はそこから見える紅葉と並盛町に感嘆の声を出す。
はそこでもデジカメを構えた。
「そんな撮ってどうするんだ?」
割りと頻繁にデジカメを構えているに山本は不思議がった。
「いやぁ、別に何も。
撮って画像が溜まってくだけ。印刷もしないし」
デジカメでプリンターが動くことはまずない。
あるとすればイベント時に撮った画像を皆に渡す時ぐらいだ。
「ふーん。なぁ、他にも撮ってるんだよな?今度見せてくれよ」
「…良いけど。割りと皆でどっか行った時のが多いよ?」
「良いぜ。じゃぁ、約束な」
山本は笑みを見せて言った。
どうもこの笑顔は苦手だ。はそんなことを思っていた。
「すっげ!見てみろよ」
「おぉー…」
上からの景色も堪能し、二人は帰路につこうとしていた。
そんな時、山本が空の色に気づいたのだ。
はデジカメでその風景を収める。
本当はもっと高性能なデジカメが欲しい。
目に見えるものをそのまま捉えられるぐらい高性能なものが。
とはいえ、それは夢のような話なので、
手元にあるデジカメで自分が満足できるように撮ろうと思っている。
「良いの撮れたか?」
「うん」
そう考えていた時に山本に話かけられ、は何だか気恥ずかしくなり、苦笑いをして答えた。
「じゃ、行くぜ。ちゃんと掴まっとけよ」
「応」
目の前に広がるのは下り坂。山本はペダルを漕ぎ出した。
「やっべ、あれ雲雀じゃねーか?」
「うっそ!」
二人乗りで坂を文字通り流れるように降りていた二人は驚いた。
視界には人影が一つ。
肩にかけた服がなびいている。そして袖に何か巻いている。
見間違えるはずもない、あの出で立ちは雲雀恭弥だ。
「どうすんの?」
「でも止まらねーし…」
山本が苦笑いをする。
それなりにいいスピードで降っているので雲雀との距離も近い。
この状況で、途中で止まって二人乗りを解除して歩いて降りるのは明らかに無理がある。
なにより、見ている限りでは向こうもこちらに気づいている。
「なら、1つしかないよ」
「だな」
と山本は二人で苦笑いをしてこのまま降ることを決意した。
マウンテンバイクの二人乗りは勢いに任せて道を下り、雲雀の後ろを猛スピードで通り過ぎた。
「良い度胸だね」
雲雀はスゥッと目を細めた。
だがこちらは徒歩で向こうは二輪車。当然追いつくはずもない。
「…マウンテンバイク二人乗り」
雲雀は携帯で部下に連絡を取る。恐らく相手は草壁だろう。
「やっべ!次は風紀委員かっ?!」
山を降りきり若干スピードが落ちている二人乗りの視界にリーゼントが見えた。
「さすがにマズイ。山本、降りるよ」
「お、おい?!」
山本の返事を聞くより前には山本の肩に置いていた手に力を入れ
膝の屈伸運動の力を使ってステップから後方へと飛び降りた。
「っと!」
山本は急に身軽になったマウンテンバイクを横に滑らせ止める。
「!」
急いで振り向くとは無事着地をしており、こちらに走ってくる。
「いきなり降りるな!」
「ははっ。悪ぃ」
はとりあえず謝った。
「道路交通法違反だぞ、そこの二人!」
ビクッ
後ろから聞こえた声に、山本とは肩を上げた。
「警察じゃないから取り締まれないがな」
「草壁さん」
が風紀委員の名前を呼ぶ。
「今度からは気をつけるように!」
「…はい」
「スミマセン」
草壁の一喝にと山本は苦笑いをして謝る。
「此処にいたのが委員長だったら今ごろ大惨事だぞ」
「ごもっともです」
が素直に頷く。
雲雀の後ろを通り過ぎた直後に感じた殺気はただごとではない。
「じゃ、お疲れさまでーす」
「失礼しまーす」
草壁に挨拶をして、二人は現場を後にする。
「…焦った…」
角を曲がり、草壁の視界から姿を消すとは大きく息を吐いた。
「ははっ!でも面白かったな」
「その楽天さが私も欲しい…」
楽しそうに笑う山本には苦笑いしか返せなかった。
「じゃ、家戻ろーぜ。乗れよ」
「応」
答えては再び後輪のステップに足をかける。
さっきの説教から再び二人乗りをする辺り、
自分の感覚も若干麻痺しているのだろうかとはひっそりと思う。
こうして二人は捕まることなく竹寿司へと戻って行った。
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