旅は道連れ、世は情け

高一




「う〜ん…」

野球部の面々は表情を歪めながら唸り声を出した。

「やっぱなぁ…いたほうが良いんだよ…」
「いるかいらないかっつったらいるよなぁ…」

口々に部員達は呟く。

「やっぱ必要、だよな。マネージャー…」

キャプテンがガシガシと頭をかきながら溜め息を吐いた。
練習試合が一週間後に迫った頃、野球部は緊急事態に直面していた。

「まさかなぁ…このタイミングで辞めるとは…」

そう。つい先日までいたマネージャーが急に退部届を叩きつけてきたのである。
理由は『一身上の都合』というまさに常套句を書いていた。

「今から、誰かいるか?」

部員の一人が口にする。

「別に女子である必要性はどこにもないんだけどさ」

別の部員が更に口にする。

「この状況だろ?男で良いんだけど。つか、いるかなぁ…」

部員達はそれぞれ仲間達の顔を見ながら伺いを立てるが、誰も歯切れの良い返事が出てこない。

「どーよ、山本。おまえ、ダチ多いだろ?」

一年の部員が山本を見る。

「んー?そりゃ少なくはねーけど、この場合、野球分かってる奴じゃねーと無理だろ?」

山本は帽子を被り直しながら答える。
公式ではないとはいえ練習試合の相手は、その公式試合だと上位に食い込む強豪校だ。
得られるデータは多い方が良い。選手だけでは情報収集にも限界がある。
練習試合まで一週間。
それまでに情報収集を出来るぐらいのマネージャーになってもらうには
野球の知識はどうしても必要になる。

「んー…とりあえず、2、3日の間に見つけ出そう。
 良さそうな奴がいたら連れて来てくれ」

監督が部員達に告げた。
何とも言えない雰囲気のまま、その日の練習は幕を閉じた。






「マネージャー、なぁ…」

翌日、山本はそのことをグルグルと頭で考えていた。
そして友人の顔を見る。

「?
 どうしたの?山本」

ツナは見られていることに気付き首を傾げる。

「部活でちょっとなー」

山本は苦笑いをしながら昨日の経緯を話した。

「その辺のヤツに声かければいいじゃねーか」

獄寺は呆れながら答える。

「でも、時期が時期だからある程度分かってる人じゃないと…」
「そう。そうなんだよ」

ツナの言葉に山本が頷いた。

「正直、この練習試合だけでも良いんだけどさ。
 それじゃ何かやる気が出ないっつーか…」

山本はふぅと溜め息を吐いた。

「でも、先輩達の方が知り合いいるんじゃない?
 野球なら男子だったら大体知ってそうだし…」
「ツナは?」
「は?無理無理無理!俺は無理だから!」

山本に言われツナは全力で否定した。

「助けてあげたいのは山々だけど、俺じゃ無理だよ。
 野球だってダメだしルールはまぁ、分かるけど…。
 他に仕事とかできないよ。力だって気配りだってできないし…」

ツナはここぞとばかりにダメツナを主張する。

「そもそも10代目にそんな仕事させられるか!」

獄寺がズバッと言い放つ。

「じゃぁ、獄寺は?」
「誰がするか」
「だよなー」

返ってきた言葉に山本は笑う。
元々この二人に頼るつもりはない。
もちろん悪い意味ではなくて。

「俺としてはさっさと解決して、野球全力でやりてーんだけどな…」

山本は腕を頭の後ろで組んで椅子を斜めにした。

「これ決まらないと何か皆がさ…」
「これだけ突然ならさすがにね。
 先輩達がきっと良い人見つけてくれるよ」

ツナは苦笑いをして山本を慰めた。

「んー、だと良いんだけどな」

答えながら山本はクラスの中をとりとめもなく見ていた。
目を向けた先には机に置かれた2教科分のノートを運ぼうとしている日直がいた。
そこへが『手伝うよ』おそらくそんな言葉を言ったのだろう
日直が頷くのを確認してノートの山に手を伸ばした。

「ん?」

山本は何かに気づいて思わず組んでいた手を下ろした。
はノートの山を2つに分け、自分の分は多く、日直のは少なく配分し、
そしてそれを抱えたまま教室のドアを開け、日直を通してから閉めて行った。

「…」
「山本?」
「おい。どーした野球馬鹿」

二人の声に、山本はゆっくりと顔を向けた。

「…いたかも」
「「…は?…」」

その日、山本はを観察していた。
休み時間など、合間合間で彼女の動きを見ていたのだ。

「山本…追いすぎじゃない?」

ツナが控えめに声をかけた。

「え?そーか?」

山本はふいと目線をツナに移動させる。ツナは苦笑いだ。

「目が行き過ぎだろ。さり気なさも何もねぇな。
 やるならもっと上手くやれよ」

苦そうな顔をしながら獄寺は言った。

「そんなに見てねーよ?」
「明らかに見てるじゃねーか」

きょとんとしている山本に獄寺はツッコミを入れた。

「う〜ん…今回は獄寺君に賛成かな」

ツナも困ったように獄寺に賛同する。

「気づいてねーって」

ははっと朗らかな笑顔を山本は見せる。

「気づいてるんじゃねーか?あいつのことだから」

答えながら獄寺は視線を山本から移動させた。
その先には、次の授業の教材となる古文を黒板に写している日直の
制服に当たりそうな黒板消しを黙って移動させるの姿があった。

「俺もそう思う」
「そっかなー?」

ツナの賛同に山本は首を捻る。
自分としては完璧にさり気なく見ている気でいたからだ。



ダンッ
放課後、山本の机に音を立てて鞄が置かれた。

「何か用?」
「…

見上げた山本の目には非常に機嫌がよろしくないの顔が映った。
その様子を見ながら獄寺は『やっぱりな』という顔をし、ツナは『だよね〜…』という顔をしている。

「用があるなら早く言え。休み時間の度に見てたでしょ」
「気づいてたのか?」

山本はやや驚いた顔をする。それを見ては小さく溜め息を吐いた。

「気づかないとでも思ってたの?」
「あぁ」
「…」

あっさりと返ってきた言葉には声が出ない。

「で?何か意味があったわけ?」

は前の席の椅子を拝借して、それに座る。

「何々〜?どうしたの?」
「尋問中」

向かい合わせに座っていると山本に気づき、友人達が寄ってきた。

「わぁ、山本君何かしたの?」
「んー、これから」

山本は寄ってきた友人達にへらっと笑顔を見せる。

「で?」

はトントンと机を指で叩き先を促す。

「野球部の助っ人頼まれてくれねー?」
「…は?…」

山本の言葉には間の抜けた声を出した。

「いやー、実はな…」

山本は昨日の部活でのことを話した。

さん野球詳しいの?」
「一般程度だよ」

友人の質問には首を振る。

「仮にスコアブック書けっつっても無理だから。知らないし」
「それは覚えれば良いだろ?」

の言葉に山本が切り返す。

「卓球部なんですけど」
「だから休みの時とか都合つく日で良いからさ」

更に山本が食い下がる。

「そもそも、私である理由はないだろう。仕事内容もさっぱりだし。
 素人捕まえるより、先輩頼れよ」

もっともらしい意見をは並べる。

「というか、先輩とかがもう見つけてるんじゃないの?」

話の流れを聞いて友人が尋ねた。
どう転んでも、1年の自分達より、長い時間並高にいる
先輩達の方が人脈も絆もあるだろう。

「なら、今日だけでも来てみてくれよ。部活休みだろ?
 そんで、先輩達が誰か見つけてたらその人で良いし。な、頼むっ」

パンッと手を合わせ、目をつぶり山本は頼み込む。

「チッ…これで断わったら悪人じゃん…」
「え?」

舌打ちと共に聞こえた呟きに山本は顔を上げる。

「行くよ。助っ人」
「やりぃっ!」

山本は嬉しそうに笑った。

も助っ人気質だもんね」

ツナがを見ながら言う。

「おだててもなんも出ないよ」

は苦笑いでツナに答えた。




グラウンド。

「助っ人とーじょー」

山本はを引きつれ部活へやってきた。

「しゃーっす」

そしてグラウンドに入る前、立ち止まり一声と一礼をする。

「しゃーっす」

もとりあえず、それに倣って入った。

「お!山本!マネージャー捕まえたのか!」

目ざとく見つけたキャプテンが声をかける。

「一応助っ人な感じで」

山本はを見た。

「俺のダチで、野球もそれなりに詳しいんですよ」
「一般程度。一年のです」

山本の言葉に訂正を入れながらは頭を下げた。

「いやー、でも山本が連れて来てくれて良かった。
 正直お手上げだったんだよなー」

ははっ。とキャプテンが笑う。

「え?」

は思わず尋ねた。

「他の連中はめぼしい人材が見つからなくてな」

キャプテンの話では4月ということもあり部活に入っている者は
新入部員指導や練習試合で余裕がなく、帰宅部の面々は
野球に関心がなかったり塾や趣味の習い事があるものが多かったようだ。

「あ。でもキャプテン、卓球部なんですけど」

山本が一言入れる。

「そうなのか?
 とりあえず、監督〜」

キャプテンが監督を呼びに走る。

「…お手上げだと…?」

は若干声のトーンを下げて呟いた。

「まぁ、何とかなるだろ」

楽しそうに山本は笑う。


それから、部員達がミーティングをしている時間に監督に呼ばれ、
一通りマネージャーの仕事内容の説明を受けた。

「じゃぁ、とりあえずやってみるか」
「はい」

一応助っ人を頼まれ、受けた以上は完遂せねば。
監督の言葉に頷きながらは思った。
そして、渡されたプリントを見つつ監督に直接話を聞きながら疑似マネージャー業をこなす。



「っつ〜…」
「はい」

手首を振っていた部員にアイシングを手渡す。

「え?」
「あ。スミマセン。違いました?」

は慌てて差し出したアイシングを引っ込める。

「や、いる」

部員は思わずそれを掴むんだ。

「どぞ」
「応」

は手渡すとグルッと周りを見てからその場を離れた。



「えーっと…」

手袋を外しながらきょろきょろと周りを見る部員。

「使います?」

それを見てはテーピングを差し出した。

「え」
「あれ?違いました?」

は首を捻りながら手にしたテーピングを引っ込める。

「待った」

部員はそれを思わず止める。

「探してた」
「はい」

頷いては手渡した。



休憩中に部員達は失われた水分を補給するべく、次々とドリンクサーバーに手を伸ばす。

「…」

はそれを見ながら冷していたペットボトルを取り出すと、黙ってドリンクサーバーの蓋を空けドバドバと注ぐ。案の定蓋を開けると半分以上減っていた。
こうも屋外競技は水分を補給するのかと自分が所属する卓球部と比較しながら思った。
卓球はさほど激しい競技ではないので途中に水分補給をすることはあまりない。



カップを2つ手にした山本が声をかける。

「何?」

ガサガサと片付けやゴミの処理をしていたは僅かに顔を向ける。

「動きまくってるのな」

そう言われてようやくは手を止めた。

「こんなもんじゃない?よく分かんないけど」

パンパンと手を払い、立ち上がっては山本を見る。

「後はスコアブックの書きかた覚えたら良い感じだな。ん」

山本は手にしていたカップをに差し出す。
は受け取りながらきょとんとした顔で答える。

「え。覚える気ないんだけど。
 他に候補見つかるならその人に譲るし」
「…無理かな」

苦笑いで山本は言う。

「なんで?」
「ん〜…」

珍しく歯切れの悪い返事だ。

「あ」

は山本の手からカップを獲った。

「え?」
「集合ー」

その瞬間にキャプテンの声が響く。

「練習、後半戦」

はそう言って口許を上げる。

「お、応。ありがとな」

山本は帽子を被り直すとその場を離れた。

「だから無理なんだって」

苦笑いをしながら山本はそう呟いた。




部活が終わると部員達に濡れたタオルを配る。

「はい」

途中、はタオルと一緒にバンソウコウを渡した。

「ん?」

同じクラスの部員は受け取りながら首を傾げる。

「肘。擦ってる。気が向いたら使って」
「あぁ、サンキュ」

自分の肘を確認しながらその部員は受け取った。

「決まりですね、監督」
「だなー」

キャプテンと監督が肩を並べながらその様子を見ていた。

「まぁ、部活の件は追々」
「顧問の先生にも話してみるさ」
「ってわけで、ー」
「はい」

キャプテンに呼ばれは走る。

「皆も聞いてくれ、今回の件、正式にに依頼しようと思う」
「は?!」
「おー」

キャプテンの言葉には驚き、部員達はパチパチと拍手をした。

「やっぱりな」

山本はそれを聞きながら笑みが零れる。もちろん手は拍手だ。

「割と動いてくれてたし。正直助かる。
 練習試合まで、と思ったんだけど、出来ればそれ以降も手伝って欲しい。
 部活が空いてる時とか時間がある時でも良いんだ。
 頼まれてくれないか?」
「…あの、卓球部なんですけど…」

は唯一の抵抗要素である部活名を出してみる。

「顧問の先生には話をしてみよう」

すかさず監督が切り返す。
これはどう見ても敗色濃厚な雰囲気だ。

「…練習試合が終わると夏大への練習ですよね」
「あぁ。春夏連覇がかかったな」

が尋ねるとキャプテンは強く頷いた。
春の大会が終わると視線はすぐに夏へ向く。
今年、並高は春の大会を優勝している。
だからこそ夏への思いはより強い。

「分かりました。士気下げるわけにはいきません。
 微力ながら手助けさせて頂きます」

ペコリとは頭を下げた。
大会での優勝が叶えば学校の名はもちろん町名まで全国に響くことになる。
この機会をあの雲雀恭弥が見逃す筈ながない。
ならば、此処で断わり士気を下げるわけにはいかない。
雲雀の為に、野球部の為に、自分に声をかけた山本の為に。
そして何より、万が一、その士気を下げた原因が
自分であるなどという話になったらどうなるか分からない自分の為に。

「じゃぁ、とりあえず主に部活が空いてる時にってことで。
 これからよろしく」

キャプテンが右手を出す。

「はい、分かりました」

答えながら、も右手を出す。
そして二人は交渉成立を示すように握手を交わした。
それはまるで、外交で仲を示す国の代表のような光景だった。

「マネージャー助っ人ゲット!
 あと連れて来てくれた山本に拍手っ!」

握手したままキャプテンがそう言うと部員から拍手が起こる。
良くも悪くも盛り上がり大好きな高校生だ。

「…」

山本は立ち上がり、ずかずかと前に進む。
キャプテンとのもとへやってくると山本はの左手をとった。

「お、おい!」

は慌てて手を引っ込めようとするが高校男児の力は弱くない。

「このまま夏まで突っ走りましょーっ!」

笑顔で山本がそう言い放つと再び拍手が起こった。
こうしての野球部助っ人稼業はスタートする。
それが後々の事態を生むことを彼女はまだ知らない。


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