編み物をすすめられました
高校一年
巷では編み物が流行っている。
本屋には特集を組まれた雑誌が並び、それをまとめた本もある。
更には『初心者でも大丈夫』と銘打って編み棒から毛糸も入ったセットまで販売されるほどだ。
その流行は並高にも起こっていた。
「みんなよくやるなぁ…」
クラスの中と、自分の隣りと目の前でそれぞれ編み物をしている友人達を見ては呟いた。
「ちゃんは作らないの?」
「え?」
会話の合間で友人へ編み方を教えつつ、同じように編み物をしている京子が尋ねた。
「マフラーとか」
「自分のあるし」
「そうじゃなくて」
の返答に花が呆れながらツッコミをいれた。
「誰かに作ったりとか」
「特に山本君とか!」
編み物をしている隣りと前から同時に声がかかる。
「ヤダよ、面倒」
あっさりとそれでいてザックリと斬り捨てるようには答えた。
「それに何で山本?」
「お世話になってます的な!」
「なってねぇよ。親父さんにはなってるけど」
怪訝そうに尋ねると向かいから生き生きとした答えが返ってきたが、はそれを再びザックリと斬り捨てた。
「それで言ったら野球部で世話してんだから私は貰う側だ。監督は別だけど」
「まぁ、無理もないわね」
の言葉に花が頷く。
盆暮れ正月長期休暇を返上して尚頑張る野球部を根底から支えているのは他でもないマネージャーであるだ。
世話になっているのはむしろ部員のほうだ。
「じゃぁ、山本のお父さんと監督に編むとか?」
「それじゃつまんない!」
「つまんないってオイ。そんな話じゃないだろう」
隣からの提案を、前に座る友人が棄却し、は呆れたようにツッコミを入れた。
「それはそうとして、ちゃんはやっぱり編まないの?」
「編みません」
京子の言葉には答えながら隣りで編み上がっていくマフラーに軽く触れる。
「飽き性だし」
淡々と黙々と同じ作業を繰り返す。
集中力はあっても根気となると話は別だ。
「そういや、花も編んでないね」
「編んであげたい相手がいるわけじゃないし」
「似たようなもんなのに何で私にばっか聞いてくんだよ」
「私よりあいつ等とつるんでるからでしょ?」
花の向けた視線の先にはツナと獄寺と山本がいる。
「そんなもんですか」
「そんなもんよ」
納得したに花が『でしょう?』という仕種で笑った。
「なぁ、はやらねーのか?」
「は?」
部活が終わり、野球部二人で帰っていると山本が尋ねた。
「皆みたいにマフラーとか」
「何で?」
山本の問いに不思議そうにが尋ね返す。
「いや、何となく」
「手編みでしょ?飽き症だし私」
は昼に言った理由を山本にも言った。
「ずっと待ってるって言ったら?」
「マフラーあげる話じゃなかったっけ?」
山本の質問には首を傾げる。
この会話ではあげる側ではなく貰い手中心の話になっている。
「まぁ、いいけど。自発的ならよっぽどじゃないと動かないね。
言われたら多少は頑張るかもしれないけど」
「なら作ってくれよ」
「…は?」
山本の言葉には驚いて山本を見た。
「なんてな」
そう言って山本はぱっと笑顔を見せる。
「なんだそれ」
バシッとは山本を叩いた。
「けど、作ってくれるなら待ってるぜ?」
「言ってろよ」
ふん、とは顔を背けた。
それから数週間後。
マフラーを編んでいた面々は完成を迎え、それぞれの想いで、それぞれの想い人とへ渡す決意をしていた。
そんな彼女達にエールを送り、は部活へと向かった。
寒風が吹きすさんでいても野球部の練習はある。
普段より入念にストレッチをして、最初は『寒い!』と言っていた部員も本格的に部活をやりだしたら体は温かくなる。
そんな彼等を見ながらも部活に専念した。
「お前等ー、体、特に肩冷すんじゃないぞー。
今日はこれで解散!」
「はいっ!ありがとうございました!」
監督の締めで部活は終了。
「やっぱ寒ぃ…」
更衣室から出てきて肌に触れる風の冷たさには僅かに目を細めた。
寒いのは嫌いではないが運動した後の寒さは一段と冷える。
「…」
立ち止まって数秒。
は鞄の中に手を突っ込み、マフラーを引っ張り出した。
「、帰ろーぜ」
「あぁ」
後ろから声がかかり、マフラーを首に巻きながらは返事をした。
「あれ…?」
「何?」
声をかけた山本が僅かに首を傾げる。
それに対しては更に首を傾げた。
「いや、何でもねー」
「そ。早く帰ろう」
山本を促して二人は帰路へ急いだ。
「なぁ」
「んー?」
他愛もない話の合間、山本が声をかける。
「そのマフラー初めて見るよな?」
普段は青っぽいマフラーをしているが黒と白のストライプのマフラーをしている。
「初お目見え」
別段何でもないことの様には答えた。
「ふーん…手編みか?これ」
後ろで結んでいるマフラーの端を山本が軽く引っ張った。
「ちょ、結び目ズレんだろ」
「あぁ、悪ぃ。で、手編みなのか?」
パッと手を話ながら山本が尚も尋ねる。
「そう」
は短く答える。
機械で編み上げた微塵も乱れがない均一感がないマフラーとは違うそれ。
しかし昨今手編みのマフラーの商品がないわけではない。
ハンドメイドショップだってごまんとこの世にはある。
「…もしかして、が編んだのか?」
「そうだけど」
数週間前に飽き性だから編む気はないと言っていた筈のが自分で編んだマフラーを首に巻いている。
山本はそれが不思議でならなかった。
この数週間の間に何があったのか分からなかった。
「なんでまた?」
「別に。何となく」
「誰のため、とかもないのか?」
「何となくだから何も考えてないけど。
部活終わって寒かったから巻いただけだし」
いまいち意図が掴めない会話だなぁと思いながらは山本の質問に答える。
「なら、俺にくれねーか?」
「は?!」
突然降ってきた申し出には驚いて山本を見上げた。
「駄目か?」
「駄目、というか…何で?意味が、分からん」
「欲しいから」
「…」
あまりに素直な回答に半ば困惑しては言葉を失った。
欲しいと思ったからくれと言った。
とても簡単でとても分かりやすい公式だ。
「誰のためでもないんだろ?」
「え、いや、まぁ、そうだけど…」
山本の問には頷く。
確かにそうだ。
これがないからといって困ることはない。
いつものマフラーは家にある。
「じゃぁ、交換するか?」
「は?」
了承しないと捉えたのか山本は次の案を出した。
「俺もこの間、新しいの買ったんだよ。
新品ってわけじゃねーけど、そんな使ってねーし」
どうだ?とばかりに鞄からマフラーを取り出した。
「ちょ、ちょっとまて!」
慌てては山本を止めた。
「マフラー持ってるならいらねーだろ?
しかも新しいの買ったなら尚更だろ。
何で欲しいんだよ」
「何で…?」
の問いに山本が反芻する。
「何で…何となく?」
自分でも分からない、というように山本は首を傾げながら答えた。
それを見てはますます分からなくなった。
「わけ分かんない問答だなぁ…」
そう言いながらはマフラーの結び目に手をかける。
「おら」
「え?」
解いたマフラーを差し出すと山本が驚いた顔をした。
「いらないの?」
「良いのか?」
「だから渡してんだよ」
「サンキューな」
そう言って山本は笑うと手にしていた自身の黒いマフラーをに渡した。
「え、別にいいんだけど」
「良いから」
半ば押しつけられるように渡されはそれを受け取った。
「…ホントよく分かんないなぁ、今日の山本は」
「俺もだ」
「なにそれ。
まぁ、暖かいから良いや」
「だな」
会話をしながら受け取ったマフラーを首に巻く。
スンと息を吸うと僅かに山本の匂いが鼻腔をくすぐった。
その感覚に苦笑しながらは結果的に自分が編んだマフラーを渡すこととなった山本を見上げた。
何処となく満足そうな笑顔をしている山本を見てはまた苦笑した。
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