その覚悟に応えてみせよう

高校一年




「しゃーっす!」

グラウンドへと続く金網の扉の前で声を出し、足を踏み入れる。
この行為は野球部の儀式的なものだ。

「あれ??」

一歩踏み出した瞬間に声をかけられた。

「…山本」

は声の主に目を向ける。
山本の声に反応して何人かの部員がを見た。

「おー、だ」
「よっす!」

部員の面々が声をかけたりそのまま手を上げて皆が挨拶をする。
どうやら休憩の時間帯に入っていたようだ。

「どうした?今日は助っ人頼んでねーぞ?」
「うん。知ってる。監督かキャプテンいる?」

山本に答えながら質問を投げる。

「あぁ、監督ならいつものとこ座ってるぜ」

そう言われて目を向けた先にはベンチに腰掛けている監督がいた。
先のやり取りを聞いていたのかの存在にも気づいており、こちらを見て軽く手を上げる。

「おーい!そろそろノックするぞー。配置つけー」
「あっす!」

キャプテンの声に部員が反応する。
はそれを横目で見ながら監督の元へ歩き出す。

「……」

山本は自分のポジションに向かいながらの姿を見ていた。


「今日は助っ人頼んでねーぞ?」
「山本と同じこと言ってますよ」

は笑いながら監督に言う。

「ははっ。それよりどうした?」

監督もひと笑いして尋ねる。

「これを渡しに…」

そういってはポケットから一枚の紙を取り出し、差し出した。

「お前…」

監督は少し驚いた声を出した。
その紙には『入部届』と印刷されていた。

「むこうには退部届出してきました。その場その足で、ここへ」

監督の言葉を察しては僅かに笑って答える。

「だから、受理していただかないと困るんです」

そう付け足して、今度は苦笑いをした。

「理由は…へぇ」

紙を見て監督が僅かに笑みを浮かべる。

「連続出場連覇です」

書かれていることをが言う。

「夏大が始まるから、今が好機だと思いまして」

言いながらは大会の事を思い出した。
優勝の喜びの中、皆が喜ぶ中、素直に喜べなかった自分。
嬉しかった。感動した。それでも自分の立ち位置に疑問があった。
それに気付いた時、思ったのだ。

「中途半端は、申し訳ないじゃないですか」

グラウンドで練習をする部員たちを見る。

「…誰にだ?」

同じように部員たちを見ながら監督が尋ねた。

「…両方の部にですよ」

…一人というなら山本にだ。
は心の中でそう付け足して答えた。

「ま。が入ってくれるなら俺も安心して夏大行けるな」

監督はパンッと手を打って苦笑いをした。

「ありがとうございます」
「じゃ、今日はとりあえず様子見てけ。まぁ、いつも通りだけどな」
「はい」

監督の言葉には頷いた。
それから練習は日が傾くまで続いた。
練習する山本を見ながらは彼の野球好きを改めて実感していた。
誰よりも野球を楽しんでいるように見える。それが全身から溢れ出ている。そんな気がした。
そして、が知る限りそんな選手はプロでもそう多くはない。

「集合ー」

監督が声を発して部員が集まる。

「気づいてると思うが今日はが来てる」

監督の言葉に皆が頷く。

「でだ、本日付けでが野球部に入部することが決まった!」
「お〜」

部員たちがパチパチと拍手をする。

「っつーわけで、一言」
「えっ?!今更ですか?!」

突然話を振られてが驚く。

「まぁまぁ。良いじゃねーか」
「…はい…」

諦めた様にが答える。

「えーっと、です。野球部に転部しました。卒業まで野球部に在席するつもりです。ので」

はそこで一旦言葉を区切ると小さく息を吸った。

「春夏合わせて全部甲子園行って優勝旗持って帰ってください!!」

そう言って頭を下げる。

「おー!言うねー!」
「おしゃー!気合入れてこーぜ!」

やんややんやと部員たちが盛り上がる。
野球部と言っても集まっているのは盛り上がり盛りの高校生だ。

「そういうわけで、新しい仲間も加わってとりあえず夏大までぶっ飛ばすぞー!」
「おー!!」

監督の言葉に全員のテンションが上がる。

「っつーわけで、今日は解散!お疲れ!」
「あざっしたー!!」

きっちり礼をすると部員達は部室へと戻っていく。




声をかけられては振り返った。聞き慣れた声は山本のものだ。

「ホントに辞めたのか?」
「うん。兼部できないし」

山本の言葉にあっさりとは頷く。

「んなあっさり…」

の回答に山本は少し眉を寄せた。
山本も部活動を行っている人間の一人だ。退部をすることの意味だって分かっている。そして、とは中学からの付き合いだ、が前の部を中学からやっていたことも知っている。

「これに関しては山本が気にすることないよ。自分で決めたこと。私の意志だよ」

何か言いたそうな顔をしている山本には言葉を投げる。
山本はとても仲間思いの奴だ。自分が助っ人を頼んだ結果この状態だと思っているのかもしれない。
それはからしてみれば検討違いもいいところだ。助っ人を頼まれたからこの選択肢を選んだわけではない。本当の理由はもっと別のところにある。だから『自分の意志』であることを付け足した。

「ほら、さっさと戻らないと鍵当番の奴、困るんじゃないの?」

は部室の方向を指差す。
当然その場からは見えないが実際、鍵当番は最後の部員が部室を出たのを確認してから施錠する決まりになっている。

「でも待ってろよ!話、終わってないからな!」

山本はそう告げて部室の方向へ走っていった。
はのんびりと学校の方へ歩いていた。この後は友人と合流して3人で帰る。
部活動3人組。花は当番がなければ真っ直ぐ帰るし、ツナや獄寺、京子は帰宅部だ。
この3人で帰る体制は中学から定着していた。

「…あれ?」

のんびり学校へと向かっている途中では視界にある人物を捕らえた。

「…山本…?」

思わず眉を寄せる。野球部のユニフォームと違い今は制服の姿だ。その人物がこちらに向かって走ってくる。

!」
「戻ってきたの?!」

山本の行為にが驚きの声を出す。

「待ってりゃ行くのに」
「そりゃそうなんだけど」

山本は若干息を切らせている。
だが、そこは野球部すぐに呼吸を整えた。

「さっきの続き」
「え?」

どうやらその話をするためにわざわざ戻ってきたようだ。

「辞めたの後悔してねーか?」

学校へと歩きながら山本が尋ねる。

「してないよ」

はオレンジ色に染まっている空を見る。
隣を歩く山本はあまり納得していないようだ。

「なら、いいんだけどよ…」

声にも心なしか元気がない。
野球が好きだからこそ野球部にいる山本からしてみればの行動はある意味不思議なのかもしれない。
前の部が好きだった。それは今も変わらない。ただ、それ以上のものが現れた。それだけだ。
それ以上のものが現れたから所属していた部を手放した。至極簡単な理由だ。

「なぁ、山本」
「ん?」

は小さく息を吐いた。

「確かに野球部の助っ人やりだしたのも要因の一つだよ。両方中途半端になるのが嫌だったってのもある」
「だったら…」

山本は急に言葉を切った。
だったらそのまま前の部でも良かったんじゃねーか、と続けようとしたのだ。
しかし、それは言葉にならなかった。山本にも分からなかったが、何故かその言葉が出てこなかったのだ。

「さっきも言ったけど、選んだのは私」

止まった山本の言葉が気になったが、その後なにも言わないのでは自分の言葉を紡いだ。

「私は両方を天秤にかけて野球部とった。それだけ」

が学校へと目を向けると正門の所で友人が待っていた。彼女もこちらに気づき手を上げる。

「だから山本が気にすることねーんだよ」

強く言うとは小走りになる。


「山本」
「お。小僧」

後ろから声をかけられて山本はを目で追うのを止めて振り返った。

「何悩んでんだ?」

ひょいと肩に飛び乗ってリボーンが尋ねる。
山本は今日の出来事をかいつまんで話した。

「なんだ、そんなことか」
「小僧からしてみりゃそんなことか」

リボーンの反応に山本は苦笑いを浮かべる。

「好きなこと天秤にかけて野球取ったんだろ?だったら山本がアイツにできることなんて決まってるじゃねーか」
「…俺に、できること?」

山本は首を傾げる。

「あいつの覚悟に応えることだ」

リボーンは正門で話をしているを見た。

「まぁ、覚悟に応えるっつってもそこまで肩肘張ることじゃねーけどな。一応3ヶ月、経つか経たねーかぐらいで退部届け叩きつけたんだ。残りの在学生活野球に捧げるっつったんだろ?」
「……」

山本もリボーンと同じようにを見る。

「俺に、できることで、アイツの覚悟に応えること、か…」

呟いた瞬間山本の口が弧を描く。

「やっぱ小僧はスゲーのなっ!」
「あたりめーだ」

リボーンがニヤリと笑う。それに応えるようにニカッと笑って山本は地面を蹴り、駆け出した。

!」
「うおっ!!」

あっという間に正門に着くとその勢いで山本はの首に腕を回した。は突然のことに驚く。

「ぜってー俺が甲子園連れてってやるからな!で、優勝旗全部持って帰るぜ!」
「…ったりめーだ」

はニヤリと笑ってそれに答えた。

「何、その熱い青春は?」

話が見えない友人が野球に燃える2人を見て尋ねる。

「えー、簡単に言うと野球部入った」
「はぁ?!」

あまりに簡単に言ったに今度は友人が驚いた。

「腹減ったから早く帰ろーぜ!」

山本はいつもどおり笑って伸びをする。

「ちょっと、!ちゃんと説明してよ!」
「帰りながら説明するって」

そしていつものように帰路に着く。
山本の肩に乗りながらリボーンは口許を上げた。


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