クラスメート
中学一年
が初めてそれに遭遇したのは掃除の時間だった。
焼却炉にゴミを持っていくために裏庭を横切っていたら、どこからか声がした。
深く考えずに足をとめて耳をすませるが、聞こえてくるのは生徒のざわめきだけだった。
空耳だったと片付けて歩き出そうとすると、声が降ってきた。
「ニャーオ」
頭上の枝先で小さな黒い塊が茂った葉に埋もれるようにしてちんまりとうずくまっていた。
「おー。黒猫」
意味のない感想を呟いて、は焼却炉に急いだ。
二度目は部活前のことだった。
部室を出てまっすぐ体育館に向かわず裏庭を通ったのは、あの黒猫がどうにも気になっていたからだ。
あの時は時間がなかったから素通りしたが、もしかしたら木から下りられなくなっていたのかもしれない。
「ニャー……」
「ああ、やっぱり」
案の定、黒猫はさきほどの場所から少しも動いていない。鳴き声も心なしか元気がなくなっていた。
「さて、どうすっかな」
問題の木を前には思案する。
幹はほどほどにしっかりしているが、枝ぶりがあまりよくない。
限界まで手を伸ばしても一番下の枝までかなりの高さがある。飛び上がっても届くか届かないか微妙だった。
それでも、幹にはりついてかすかな凹凸を見つけながら登っていけばなんとかいけそうだ。
幸い今は部活用のジャージに着替えているので、制服よりは動きやすい。
「登りますか」
そうと決めて幹に手を伸ばしたところで声をかけられた。
「じゃねーか」
部室棟から同じクラスの山本がユニフォーム姿で並盛牛乳片手にこちらに歩いてきた。
「何してんだ、こんなところで?」
「山本かぁ」
「かぁってなんだよ」
反応の薄いに山本は苦笑を返した。
「いや、別に。それより山本、部活は?」
決めたからには一刻も早く黒猫救出作戦にとりかかりたい。は遠まわしに山本をグラウンドへ向かわせようとした。
しかし、の目の前にいるのは山本だ。遠まわしな表現が通じる相手ではなかった。
「もだろ?」
「行く途中だよ」
「体育館あっちだぞ」
「うん。知ってる」
が急いているからか、山本がやけに絡んでくるような気がする。
「にー……」
なおも続けさせられそうな会話に小さな声が割って入る。
「なんだ、おまえか」
声を辿った先に黒猫を見つけた山本に動じる気配はない。
「知り合い?」
猫に使うような言葉ではないが山本ならばいいだろう。そう思ってが聞くと山本はあっさりうなずいた。
「まーな。グラウンドに行く途中でよく会うんだよ」
「ふーん」
「なんだ。また下りられなくなったのか?」
山本はすぐに黒猫の現状を悟った。何度か同じような状況に遭遇したことがあるかのような言い方だった。
「みたい」
「っし。ちょっと待ってろ」
言うが早いか、山本は牛乳パックをに渡すと、軽い助走をつけて飛び上がった。
一番下の枝に向かって腕を伸ばす。が高いと感じた枝も長身の山本には余裕そうだ。
枝を掴むと、体操選手というより猿に近い動きで、あっという間に黒猫のいる枝に辿りついた。
「、ちょっと動いてくれねーか」
「おー」
山本の次の行動を読んだは幹から離れた。
猫を抱えた山本が、数枚の木の葉を道連れにがあけた場所に飛び降りてきた。
「サンキュ」
「ん」
片手を出してくる山本に、は短く答えてパックを返した。
言葉少ないに山本は首をかしげた。
「どうした?」
「別に……」
人が苦労して登ろうとした木にあっさり登られて、は内心立つ瀬がなかった。
「成長期はこれからだ」
自分だってまだまだ捨てたモンじゃない。弱冠十三歳のは、来る成長期に望みをかけた。
「はぁ? なんだよ、いきなり」
黒猫を片手に牛乳を飲む山本はのひとり言に皆目見当もつかない。
不思議がる山本など気にもとめないはあっさり背を向けた。
「じゃあ私、部活行く〜。山本も、そろそろ行きなよ」
「お、おう。じゃあな」
「ニャー」
裏庭にはわけがわからないといった山本と黒猫が残された。
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