カウントダウンはまだ遠い
中学三年
午後から降り出した雨が本格的になってきた。
それに伴い普段は屋外で活動する運動部の多くが、校舎内でのトレーニングメニューにきりかえた。
廊下や階段、ピロティを使っての体力づくりや筋トレに励む声が吹奏楽部の音合わせにまざる。
一、二時間もするとその日のメニューを終えた部員たちが部室に戻りはじめた。
部室棟付近は、部活を終えて戻ってきたものと、着替えをすませて帰路につこうとするものとでごった返していた。
そのなかで、部室から出た飛鳥は山本とかちあった。
「藤咲」
「お~山本」
傘を広げて軒から出ようとする飛鳥と、汗だくの体に雨をうける山本。飛鳥は横にずれて、山本を軒下に迎えた。
「おつかれ~」
「藤咲も部活終わったのか?」
制服姿の飛鳥に山本が聞くと、飛鳥は眉をしかめて不機嫌な顔になった。
「無謀なキャプテンが、テニス部の主将とジャンケンで体育館使用権争って見事に負けてくれてね~。校舎で筋トレして終わったとこ」
「そりゃー災難だったな」
飛鳥の愚痴に山本は笑顔を絶やさず相槌をうった。
「ただでさえ屋内活動のはずの卓球部が、日々屋外に追いやられてるってのに。何考えてんだか、あの人は。上がああだと、下が苦労するよ」
「ハハッ、藤咲って時々サラリーマンみたいなこと言うのな。まー、牛乳でも飲んで元気出せって」
「何、くれるの?」
手のひらを上にした飛鳥を置いて山本が歩き出す。
「いや、飲みに行こうぜ」
さわやかにおごりを否定して待ってろと言い残し、山本は野球部の部室に飛び込んでいった。
「山本こそ、セリフだけなら十分サラリーマンだよ」
飲むの牛乳だけどねと呟く飛鳥の声は、部員でにぎわう部室棟のざわめきに消えた。
「あ、祭囃子」
それぞれ並盛牛乳とスポーツ飲料片手に傘を並べて歩く二人のもとに、雨音にまぎれて祭囃子が届いた。
耳をすませる飛鳥に山本が答えた。
「公民館で夏祭りの練習が始まったんだ」
「ふーん。詳しいね」
「今年は和太鼓頼まれてんだよ」
「へー。似合いそう」
「なんだそれ。和太鼓に似合うとか似合わないとかあるのか?」
「いや、何となく。じゃあ、練習とか行ってんの?」
「夜にな。今日は部活も早く終わったし、今から行ってみっかな」
「そうだね」
「藤咲も祭、行くだろ?」
「うん。みんなと約束してる」
ここでいうみんなとはクラスでも仲のいい女子たちだった。
「じゃあ、見にきてくれよな」
「行くよ……てか、山本?」
「ん? なんだ?」
「公民館、あっちだけど……」
二人のルートは自宅を目指していた。これから公民館に行くなら遠回りになる。
遠回りがしたいのだろうか、山本だし。などと自分でもよく分からないことを思う飛鳥だった。
「ああ。だけど今、藤咲と帰ってるから。一回家に荷物置いてから行くよ」
「何で?」
思わず反射的にきいてしまったが、これはわりと危ない質問だったかもしれないと、飛鳥は内心焦った。
「何でって、なんとなく……ああ、そっか!」
飛鳥の隣で反問する山本が急に声を上げた。
「何!?」
必要以上に反応してしまった飛鳥が傘の下から見上げると、一足早く快晴が訪れたように明るく笑う山本がいた。
「オレまだ牛乳飲みきってねーから」
「あっ、そう」
夏本番はまだ先のことだった。
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