きっかけ

中学一年




「俺は山本武ってんだ、よろしくな!」

の隣りに座った男子は、笑顔で自己紹介をした。
満面の笑み、というのはこういうのをいうのだろうかと、はその時思った。

「どうした?」

尋ねられては、はっとする。

「何でも。
 えーっと、。よろしく」

入学して数ヶ月。早々に行われた席替えで隣りになったのは山本武。
今更自己紹介をされるまでもなく、彼は有名だった。
長身でスポーツができる。特に野球に関してはダントツだ。
それでも、彼は有名でも自分は並盛に恥じない並たる生徒。
一応自己紹介を返しておいた。

席替えをしてから、と山本は幾度か話はしても
『友達』になるほどの交流はなかった。
入学してから日が浅いのもあるし、性別の違いもある。
男女よりも同姓の方が友人は作りやすいものだ。


ー」
「ん?」

そんなある日、小学校からの友人である男子生徒に
トイレから教室に戻ってきた時、声をかけられた。
そこには小学から知ってる生徒と中学に知った生徒。

「昨日の試合見たか?」
「ナイターっしょ?セパで2試合やってたんだよねー。
 最初は両方見てたけど、結局セリーグ見ちゃったよ」
、あのチーム好きだもんな」

ははっと、を知る友人達は笑う。

「今年は優勝頂くぜー」
「去年2位だったんだよな」

が贔屓のチームは近年、優勝をあと一歩のところで、逃していた。

「けどさ、昨日セリーグ見てたんだろ?
 パリーグのあれ見てねーんじゃね?」

別の友人が話題を変えた。
それに対して、はニヤリと笑みを見せる。

「セリーグに流れる前だったから見たー。
 グローブで弾いて取ってのゲッツー。あれはたまんないねっ!」
「やっぱ見たか!
 サードが取ってファースト投げて、そっからサード戻してゲッツーな!」

昨日の試合で見せたプレーに盛り上がる。

「状況判断としちゃ微妙だけど、プレー事体はカッケーわ」
「だなー。サード踏んでファーストでも間に合ったもんな」

の意見に仲間が頷く。

「そうじゃないからあのゲッツーはカッコイイんだよー」
「そういう意味じゃ、セリーグよかパリーグのが面白かったかもね」
「けど勝ったな」
「おう」

友人の言葉には嬉しそうに笑う。

「ま、始まったばっかりだけどね」
「伝統の対決もそろそろだな。
 連戦、狙うぜー」
「連勝頂く!」

が押すチームと伝統の文字を二分する関係であるチームを
応援する友人にニヤリと笑みを浮かべては答えた。

「今日は?」
「見るよ。スーパープレー出ると良いなぁ」
「じゃぁ、また話そうぜ」
「おうよ」

そう言っては席に戻った。
が離れるると、『アイツ野球好き?』『おう。けど、サッカーも見るぜ』そんな会話が聞こえた。


「なぁ」

席につくと同時に、腕を枕にしていた山本が体を起こしながら声をかけてきた。

「何?」
って、野球とか見るのか?」
「え?」
「さっき、あっちで話してたろ?」

廊下側の席で話をしていたのが聞こえたのだろうか。は不思議に思った。

「俺も野球好きでさー」

山本は楽しそうな笑顔を見せる。
数日過ぎて、彼の笑顔は標準装備なのだと知った。
つまり、席替え初日に見たが『満面の笑み』と思った笑顔はどうやら、
『満面』ではなく『普段の笑顔』なのだ。

「ちょっと寝てたんだけど、野球の話題で目が覚めたのな。そしたらがいた」
「まぁ、珍しいかもね。あいつ等は小学校一緒だったから」

は先ほどまで話していた団体をクルッと指で囲う。
女子にしては珍しいかもしれない。は野球も見るし、サッカーも見る。
野球やサッカー好きな男子達の話に混ざれる程度には。

「さっきは、何話してたんだ?」
「え、聞いてたんじゃないの?」

山本の言葉には首を傾げた。

「起きて、女子がいるなー、かーって思ってたら話が終わった」
「あぁ…」

どうやら彼はが離脱する直前に起きたようだ。

「昨日のパリーグ戦でのゲッツーについてとか」
「あぁ!あれは俺も見たぜ。後はー…」

野球好きと豪語するだけあって、昨日の試合について話す山本はとても生き生きしていた。
それから暫く野球の話に付き合った。昨日の試合から一昨日、先一昨日と。

「はーっ。隣りの奴がこんなに野球話せるとは思わなかったのな」
「だろうね」

は苦笑した。

「今夜も見るだろ?」
「うん」
「明日も話そーな」

山本はワクワクした笑顔で言った。
翌日の野球談議には山本の姿が新たに加わっていた。

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