10月23日
中学二年
「んー…獄寺と沢田と山本はまた休みか」
朝。教室内の出席人数を確認している時、担任が呟いた。
十月の中旬頃からこの3人は欠席が続いていた。
理由としては病欠ということになっている。
「獄寺はまぁ、分からんでもないが山本が休み続きとはなぁ…」
獄寺は不良という教師の間で認識があるので、
欠席が続いてもどうということはないのだろう。
ただ、山本はどちらかといえば皆勤賞常連のようなものだ。
ましてや野球部の彼が練習を休むとも考えにくい。
「十九日に来てまた休みかー…。
お前等も季節の変り目だから風邪ひかないようになー。」
「「「はーい」」」
担任言葉に生徒達が返事をする。
「…はぁ」
はそれに返事をすることなく溜め息を吐いた。
詳しくは知らないが、彼等は相撲大会に参加していて、
それは密かなブームとなっているハイブリッド相撲大会だとか。
それが欠席続きの原因らしい。
「…意味分かんねぇ…」
は隣りの空席を見て呟いた。
「京子ちゃんと花は相撲大会見たんだよね?」
休み時間を利用して京子に声をかける。
ハイブリッド相撲大会に参加している話を聞かせてくれたのは京子だった。
「うん。なんか膝を使う人と取り組してたよ」
「…怪しいと思うけどねー…」
京子の言葉に花は眉を寄せる。
「…他にはなんか見た?」
「なんかね、指輪が相撲の賞品なんだって」
「へぇ…」
その指輪にどれほどの価値があるのか。
どんな意味があるのか。
学校を休んでまで手に入れたい物のなのか。
「分かんないことだらけ、か…あぁ…ウゼェ…」
眉間に皺を作り呟いて、は窓から空を見上げた。
雲ひとつないその青い空に無性に腹が立った。
「じゃぁ、プリント届けに行ってきます」
「「よろしくお願いします!」」
隣りの席が故に任される欠席者へのプリント届け。
今日は友人達は用事があったり部活があったりと忙しく、
部活に所属しつつも定休日であるが
ツナ、獄寺、山本へプリントを届ける役となった。
「じゃぁ、また明日」
「うん、よろしくねー」
「部活頑張れー」
そんな言葉を交わして、は正門を目指した。
「えっと、これが今日のプリントで、
沢田君と獄寺君の分です。よろしくお願いします」
「ありがとう。ごめんなさいね、毎日届けてもらって」
「いえ、大丈夫です。よろしく伝えてください」
ツナと何故か獄寺のプリンを奈々に渡しては頭を下げる。
「あとは山本か…」
手にしたプリントに一言呟いて、その足を並盛商店街へと向けた。
「こんにちはー」
カラッ
「へいらっしゃい!お、ちゃんじゃねーか」
「こんにちは」
暖簾をくぐって扉を開けると山本の父、剛が迎えてくれた。
その声にもう一度挨拶をする。
「山本君へプリントを届けにきたんですけど…」
そう伝えて、二階へ続くであろう階段へ目を向ける。
プリントを届けに連日沢田家、山本家へ足を運んでいる
達ではあるが、彼等に会ったことはない。
連戦連敗。
理由が病欠なだけあって『寝ている』そう言われたら
こちらも突っ込んで話を聞くことは出来ない。
話が出きるなら、病欠ではないならこの一件の話も聞きだしたいところなのだが…。
「タケシならいるぜ」
「え?」
思いがけない言葉には剛を見た。
「今日はいつもどおり部屋にいる」
「…」
剛の言った『今日は』という言葉が引っかかった。
つまりそれは『病欠』を否定する言葉だ。
「…ちゃんなら大丈夫だろ」
「…?」
何が大丈夫…?
話の意図は分からなかったがは視線を2階へと向けた。
「ま、いっちょ励ましてやってくんねーか」
「…えっと、じゃぁ、おじゃまします」
何が大丈夫で、何を励ますのか。
剛の言葉の意味が分からない。
それでも、会えるというなら、話が出きるというならそれに越したことはない。
はペコリと頭を上げて2階へ向かった。
「ここか」
剛に教えられた部屋の前に立つ。
「山本ー、プリント届けにきたー」
トントンと軽く襖を叩く。
「うわっ!!」
「?」
驚いた声の後、スラッと目の前の襖が開いた。
「じゃねーか」
「…おまっ!!!」
襖を開けて出てきた山本に一瞬言葉を失った。
「お前!その目どーしたっ!!」
山本は笑顔で、元気そのもので、
それはあくまで声と表情を見た限りの話。
「ん?あぁ、これか」
の言葉に山本は自分の顔に触れた。
巻かれた包帯よりも傷に当てられた湿布よりも目を覆ったガーゼに驚愕した。
「相撲大会でドジった。けど問題ねーぜ。
ちゃんと医者が言ってたし」
「…相撲大会ね…」
またその言葉だ。
何事もないようにいつもの様に笑う山本に、
は自分の感情がザワめくのを感じた。
「とりあえず入れよ」
「…お邪魔します」
山本に促されて部屋に入り、手近な所に座った。
「これ、今日のプリント」
「毎日悪いな」
「なら来いよ」
「ははっ。ホント悪い」
の不機嫌な言葉にも山本はいつもどおりの姿だ。
山本の父、剛はいつもどおりだと言った。
端から見ればいつもどおりだ。いつもと変わらない山本。
違うとすれば盛大に怪我を負っていることぐらいで、
黒曜から帰ってきた時と同じ。
「…チッ…」
いつもどおりに見えて、いつもと変わらない姿に見えて、
それに逆に違和感を感じて、
無性に腹が立って、
は小さく舌打ちをした。
違う。
何かが。
「獄寺教えてくれっかなー」
そんなを他所に、当の本人はパラパラと渡されたプリントを見ている。
「…山本」
「ん?」
は立ち上がって山本の近くに立った。
「…ごめん…」
「…は?」
バッシィッッッ
山本の反応より速く、は手元にあった国語の教科書を引っ掴むと山本の頭を盛大に叩いた。
「いってぇっ!!!」
叫ぶと同時に山本の手にしていたプリントが床に散らばる。
「!お前っ!俺怪我に…」
「うっぜぇっ!!!」
山本の声を遮るようには声を出した。
「今の山本見てると苛々する!」
「はぁ?!だからって叩くこと…」
「なんでそんな顔してんだよ!」
「…っ!!」
の言葉に山本は目を見開いた。
何となく剛の言っていた意味が分かった気がした。
いつもどおり部屋にいる。それなのに自分なら大丈夫と言った。更に励ましてくれと。
最初に『じゃねーか』そう言われた時から少しずつ感じた違和感。
山本はいつもどうりじゃない。
いつもどうりに振舞っているだけだ。
それに対して、とても腹が立った。
「…」
「気づいてないとでも?」
放たれた言葉に山本の目が揺れる。
「馬鹿にしてんの?相撲大会でなんかあったんでしょ」
「…それは…」
京子の話を聞いてから不審に思っていた。
どう聞いても相撲大会とは思えない。
そうは思っていても、その真意を尋ねて答えてくれるほど、
今のと山本は親しくはない。
仲は良いが、親しくはない。
いつもどおりを振舞われるぐらいの仲でしかない。
それが、心配をかけたくないからなのか、本当にその程度なのか、
こればかりは本人に聞かなくては分からない事だ。
「振舞われたって腹が立つだけなんだけど」
気づかなければ良かった。
は僅かにそう思った。
気づいてしまったら、原因を知らないことに歯痒さを感じる。
何も知らないから、いつもどおりを振舞われる?
何かを知っていたら、振舞われることはないのだろうか?
「どうせ、何でもねーって言うんでしょ?」
聞かなくとも分かる。
それが証拠に、山本はこの言葉に答えない。
「そんな振る舞い見に此処にきたんじゃない」
は山本の頭を掴むと窓の方へと向けさせた。
「?」
「気づかないフリしてやれるほど優しくないんでね」
そう言って山本の髪をクシャリと撫でる。
「お前、辛そう」
そして、ポンポンと軽く2回叩いた。
落ち込んでいる。そう思った。
理由も原因も分からない。
剛が励まして繰れと言ったからでもなく。
ただ声を聞いて、姿を見て、何となく。
だから違和感を覚えて、いつもどおりを振舞う山本に腹が立ち、
その程度な仲にしかない自分にも苛立ちを持った。
まだ自分は
ツナや獄寺と肩を並べられるほどの仲ではない。
それが歯痒くてひどくを苛立たせた。
「あー…悪ぃ…」
とても小さい声で山本が呟く。
その声は何処か震えている。
「、そこにいてくんね?」
「…あぁ」
自分に届く頼りない声に頷いて、は山本と背中合わせにその場に座った。
背中を通して伝わる振動と、小さい嗚咽が聞こえたが、それくらいは
商店街に響く雑踏の音で気づかなかった振りをしてやれる。
はそんなことを考えていた。
「ははっ。情けねーな」
暫くして山本が乾いた笑いを零した。
「別に。原因知らないし。
でも、少しは元気出たわけ?」
「ん。かなわねーな」
の言葉に苦笑いを浮かべる。
「理由、気になるけど聞かない。
話せるようになったらいつか話せ」
「ありがとな」
そう言って笑う山本はいつもの笑顔だ。
「おーい。タケシー、そろそろ飯だぞー。
よかったらちゃんも食ってけー!」
「だってよ」
1階から響く剛の声に山本が反応する。
「じゃぁ、ゴチになります!」
は山本に手を合わせて笑みを浮かべた。
「いやー、やっぱりちゃんなら大丈夫だったな」
晩ご飯のちらし寿司を食べ、一服している時に剛がと山本を見て口にした。
「何のことだよ親父」
剛の言葉に山本は首を傾げる。
「これからもタケシと仲良くしてやってくれってことだよ」
「まぁ、良いや。、送ってく」
「あぁ、ありがと。それじゃ、ごちそうさまでした!」
「おう。また来てくれよ」
が頭を下げると剛が手を上げてそれに応えた。
「あ。親父、今日も行ってくる」
「ん。気をつけてな」
こうしてと山本は竹寿司を出た。
そしてその日の夜もハイブリッド相撲大会は開催されるのである。
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