勝利の女神は誰?
中学二年
金曜日の放課後。山本に試合の応援に来てほしいと言われ、いつものメンバーは、野球部が試合をしている会場にいた。
並盛中の相手は、ここら辺でも強豪と言われるところだ。大会前の前哨戦といったところか。
「あー、惜しいっ!」
並中のバッターが打ったボールは、当たりは大きかったが、相手の外野のグラブの中に納まった。
「でも、山本君すごいね」
京子が関心するのは無理もない、山本は打席を立つ度にヒットを出している。しかし、山本がヒットを出しても、得点になかなかつながらない。
八回表、相手チームの攻撃。現在、並盛中は三対〇で負けている。その上、三塁にはランナーがいる。しかし、ノーアウトで、得点も入らず、並盛の野球部は若干焦り気味だ。
「…………情けないね」
「ヒバリさんっ!」
ツナが振り返ると、そこには、雲雀が立っていた。
雲雀がくるとは思っていなかった面々は、驚く。
彼曰く、暇だったから、野球部がどんな様子か視察にきたとのこと。
「お、野球部が気が付いた」
が視線を野球部員の方へ向けると、彼らは、雲雀に気づいたらしく、慌てて、集合を掛けている。
雲雀が見てるから、これは負けると咬み殺されると思ったのだろう。
「必死ね。でも、無理もないわね」
「……はは、さすがヒバリさん効果……」
呟く花と苦笑いをするツナ。そこにいた者全員、若干の同情の入った視線を野球部員達に送った。
雲雀効果なのだろう。その後はファインプレーでホームラン級の当たりをキャッチしたり、ダブルプレーであっさりとチェンジになった。
先ほどまでとは打って変って、野球部員の気合が違う。ヒットを打たなかった選手まで、ヒットを打ち始める。
しかし、塁には出るが、点にはならない。
頑張ってみたものの、結局点を取れずに、とうとう九回になってしまった。
「山本君すごーい」
山本の背面キャッチに、京子は声をあげた。皆も口々にすごいという。
が、はそんなことを一言も言わず、山本を真っ直ぐ見つめていた。いや、この場合は睨んでいたと言うのが正しいのかもしれない。
確かに背面キャッチは凄い。それは認めよう。しかし、あれは失敗する確率だってあるのだ。
現在負けているチームの守備がやるようなことではない。するくらいなら、ホームランの一本でも売って、点を入れるべきだろう。
山本のことだから、負けかけて、さらに、雲雀が来て、プレッシャーを感じているチームメイトの士気を上げる意味も、あったのだろう。それも分かる。
だけど、負けて落ち込む山本は見たくない。
「負けたら、卵焼きやらんぞ」
「ちゃん? 何か言った?」
「何でもない」
の呟きが隣の京子に聞こえたらしい。しかし、言ってないというと、京子は、再び試合観戦に戻った。
試合も九回裏になり、残すは並盛中の攻撃。
並中野球部員達は、どうにかヒットをつなげ、現在は満塁だ。ここで次に打者がヒットを打てば、勝利への道も開けてくる。
しかし、満塁ではあるが、現在2アウト。残り、アウト一つで、負けが決定してしまう。
「次のバッターって…………山本!」
ツナが驚くのも無理はない。バッターボックスに立っているのは、見間違うことなく、山本だ。
「あの野球バカ。折角十代目が応援してくださってるんだ、ここで、負けたらぶっ飛ばしてやる」
「獄寺君……」
応援してるのか、してないのか分からない獄寺の言葉に、ツナは脱力した。
並盛のベンチは必死の形相で、山本に何かを言っている。きっと、何としても打てと言っているのだろう。雲雀がいるから。
山本はバッターボックスに立つと、バットを握った腕を伸ばし、肩辺りに触れる。
バットを構える少し手前で、見学者の方へ視線を向ける。
友人たちが応援に来てくれているのが、とても嬉しく、勝てそうな気さえする。
その中で、の姿を見止め、苦笑した。
「はは、すっげー睨んでんな」
応援に来る時に、「勝て」と言われた。山本自身負ける気はなかったが、負けられないといった手前、負けるわけにはいかない。
もちろん、言わなかったとしても、負けられない。折角、が応援に来てくれてるのに、格好悪いところなんて、見せられない。
更に言えば、この後には、手作りの卵焼きが待っている。に作って欲しいと頼んであったから、ずっと楽しみにしてたのだ。
どうせなら、勝って、いい気分の時に食べたい。
そう思うと、先ほど以上に、やる気が出てきた。今なら、ホームランも出せるんじゃないかとまで思う。
山本は、口の端を上げ、投手を睨み付けて構える。
一球目、ボール。
二球目、ストライク。ボールだと思って手は出さなかったが、ぎりぎり入っていたらしい。
三球目、ボール。
四球目、ボール。
そして、五球目、バットをフルスイングし、迫る球を打つ。が、少し当たりがずれたらしく、ファール。
六球目、これで見逃しの三振なんてかっこ悪い。
2アウト、満塁。2ストライクで追い込まれている、が、それは相手も同じこと、ここでまたボールが出れば、点が一点入ってしまう。
きっと、その入った一点はでかいだろう。そこから、勢いがついて負けるということだってあるのだから。
相手投手が構えた。
相手が投げるボールから目を放さず、今度は確実に当てるように、バットを振る。
カキーーーンッ!
金属音が高らかと響き、ボールは大きなアーチを描き飛んでいく。
そして、アーチの先は、スタンドの中。ボールはスタンドの内に入った。
その瞬間、並盛を応援していた人々は沸き立つ。
山本は、ホームランになったことを確認すると、各塁を確実に踏みしめ、ホームにもどってきた。
そして、その瞬間、見事、並盛中は逆転勝利。しかも、山本は逆転サヨナラ満塁ホームランを打ったのだ。
「お疲れ山本ー」
「お前にしては、よくやったんじゃねーか」
「山本君お疲れさま」
「さっすが、野球部のエースね」
山本を囲んで昼食だ。とりあえず、野球部にもってきた差し入れの弁当は野球部員に配った。
食べ物だと分かり、皆喜んでくれているようで、作った側としては嬉しかった。
「雲雀も来てくれてたんだな、ありがとな」
群れるのが嫌いな雲雀が、来ていたと気付いていたので、さっそく礼を言う。が彼の返答はそっけない。
「ホームラン打ったのは凄いけど、それまでに点取れなかったわけ? 練習不足なんじゃない」
めったに褒めない雲雀が褒めたことで山本は気分がなおよかった。
「じゃあ、僕はもう、行くよ」
そういって、雲雀はその場を立ち去った。
「……ねえ、そろそろ、ご飯にしない?」
いつまでも昼食が始まらないと、ツナが困ったように切り出す。
「すみません、十代目! 俺、気がつきませんで」
「……獄寺君のせいじゃないから……」
「じゃあ、山本から食べなよ」
おにぎりと、おかずの入った容器を、山本の前に集める。
「んじゃ、やっぱ、コレか」
そういうと、山本は、卵焼きをつまむ。
自分がリクエストしたものだから、やはり、気になる。
「すげえ、美味え」
山本は、嬉しそうに、に笑いかける。
「そりゃあ、よかった」
山本が満足したようで、としては一安心だ。
頑張って練習したかいがあった。これだけ喜んでくれるのなら、次も作ることを考えてもいいかもしれない。
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